プーの原作を読むにあたり、とても参考になった一冊を紹介しようと思います。

プーの物語は読みやすい英語ですが、やはり全文英語というのはハードルが高いものがありました。そこで一緒に参考となる解説本も買う予定でしたが、あいにくプーの原作を買った本屋さんにはちょうどよい解説本は置いてありませんでした。後日、図書館に出向いたところ本書を見つけることが出来ました。

本書は全部で300ページ弱とあまり長くもなく、原作の片手間に読むのにもちょうどいいだろうと思い選んだものです。原作以上のボリュームですと原作を読んでいるのか解説本を読んでいるのか分からなくなってしまいますしね。

結果としてこの本は期待以上に素晴らしいものでした。

もしプーの原作を読むのであるならば、是非この解説本も一緒に読むことをおすすめします。

本書の著者はドミニク・チータム(Dominic Cheetham)、訳者は小林章夫(こばやし あきお)です。二人はNHK英会話「イギリス大好き」で共演していて、本書の出版もNHKですのでおそらくその繋がりからのこの本が生まれたのだろうと思います。

本書の構成は大きく3部に分かれています。

第1部はクマのプーさんに関する全般的な解説となっています。

物語やキャラクターの解説はもちろん、作者や家族に関して、またイギリス文化や当時の時勢など、物語だけに限らずに幅広い解説が載っているので読んでいてすごく面白いです。特に物語背景として、息子のクリストファー・ミルンのことは是非読んでみることをおすすめします。

ただしこの本はあくまで概説ですので、より詳しいことが知りたいときには巻末の参考文献がすごく役に立ちます。私も何冊か読んでみようと思いました。

そして第2部と第3部で、原作となる2冊の本「Winnie-the-Pooh」と「The House at Pooh Corner」をそれぞれ解説していくことになります。

各章の大まかなあらすじを紹介してから物語の背景を解説していく形で、分かりづらい英語の部分やイギリス文化の紹介、そして物語としての技巧なども紹介されているので、原作を読む上ですごく参考になる部分です。

この本のいいところは、原作の全訳を載せるわけではなく重要となる部分をきちんと解説してくれるところだと思います。

プーの物語は子供向けですので簡単な英語で書かれています。ですから物語の内容を追うこと自体はそんなに難しいことではありません。しかし、われわれ日本人にとってはイギリスの風習や言葉使いで知らないことが数多くあります。それゆえ、なんとなく読めてしまっても実のところは理解出来ていない部分というのが結構出てきます。

一例として「Winnie-the-Pooh」の第1章の冒頭部分に出てくる次の文章を解説しているところを見てみましょう。

Once upon a time; a very long time ago now, about last Friday, Winnie-the-Pooh lived in a forest all by himself under the name of Sanders.

この部分はプーの物語の中でもたびたび話題になる部分です。プーはサンダーズの名の下に住んでいるとはどういうことでしょうか?

プーの家には「MR SANDERS」という表札がある Winnie-the-Pooh 5ページより

プーの家には「MR.SANDERS」という表札がある Winnie-the-Pooh 5ページより

 → くまのプーさんの本名はサンダースですか? 知恵袋

 → 「くまのプーさん」の本名は「サンダース」?ネット上で話題に シネマトゥデイ

この「under the name of Sanders」という表現で勘違いしている人や、なぜこのような表現がなされているのか分からないという人は結構います。

本書ではこのように解説されています。

しかしこのあとに出てくる「サンダーズという名前の下(もと)に」(’under the name of Sanders’)は、少し説明が必要かも知れない。物語にはあまり関係がないが、これはちょっとしたユーモアだからである。きわめて簡単なものだが、ミルンはおそらくここで、「名前の下(もと)に」を二つの意味にかけてジョークを飛ばしているのだ。すなわち第一の意味としては、この本の中でまさに「サンダーズという名前の下(した)に」プーは住んでいることである。しかし第二の意味として通常の使い方、つまりこの表現は本名とは違う「ペン・ネーム」を使っていることを示すものである。たとえば次のような使い方である。「シャーロット・ブロンテはその最初の作品を、『キュレア・ベル』の名前のもとに出版した」。

こうしてひとつの表現に二つの意味を担わせることで、ユーモアを生みだしているわけだ。

「サンダーズ」という名前は物語の流れにぴったりと合うように思える。そしてこの名前を選んだのも、一種の楽屋落ちのジョークだった可能性も考えられる。というのも「ダグラス・サンダーズ」なる人物が実在していて、彼はミルンの作品を手がけたことのある印刷屋だったからだ(この点に関しては、本書末尾の参考文献Thwaite.p522を参照)。

ただしミルンはこうした内輪のジョークを作品に入れることはしないから、これは単なる憶測にとどまるかもしれない。むしろ可能性が高いのは、この本を執筆中に、前に耳にしたことのある名前を、たまたま思い出しただけのことではないか。だとすればこの部分は、言葉の二つの意味を使って簡単なジョークを作っただけのことで、これは彼がしばしば試みて成功を収めた方法だった。

この解説に関しては憶測としながらもそこにジョークが込められていることをきちんと解説してあります。このように必要と思われるところをきちんと解説してあるので、物語を読んでいて疑問に思ったことは大抵理解出来るようになると思います。

個人的にはピグレットが初登場したときの”TRESPASSERS W“の解説がすごく助かったと同時に、そこに込められた意味にすごく感心しました。

ピグレットの家には「TRESPASSERS W」という看板がある。これの意味するところは・・・ Winnie-the-Pooh 35ページより

ピグレットの家には「TRESPASSERS W」という看板がある。ピグレットはおじいさんの名前だと言うが、これの意味するところは・・・ Winnie-the-Pooh 35ページより

全体を通して非常に丁寧な作りとなっていて、原作を英語で読むときの参考にはもちろんのこと、プーの物語の解説本としても読んでみてすごく面白い本だと思います。また、より踏み込んだ解説には参考文献を紹介することで本書自体はコンパクトな作りですので、原作の参考に読んでもあまり負担になりません。ちょうどよい長さです。

著者のドミニク・チータムは大学の英語の講義でプーの原作を使うことがあるそうです。児童文学として有名なプーですがその原作のもつ味わい深さや物語の技巧、それにイギリスの文化や歴史を学ぶ材料としても最適な一冊なのです。

本書を片手にプーの原作、全文英語に挑戦してみてはいかがでしょうか。