ドーモ、カズノハです。

年末年始の休みに前々から読みたいと思っていたニンジャスレイヤーを読んでみました。ゴウランガ! こんなに面白いものだとは思っていなかった! なぜもっと早く読まなかったのか!

気がつけば続刊も次々に買っては読み、今はちょうど第1部の『ネオサイタマ炎上』を読み終わったところです。きりのいいところですので、ここで一旦ニンジャスレイヤーの感想と紹介を記事にしたいと思います。

ニンジャスレイヤーとは

ニンジャスレイヤーとは、全米を震撼させている『サイバーパンク・ニンジャ活劇小説』です。

原作者はブラッドレー・ボンド(Bradley Bond)とフィリップ・N・モーゼズ(Philip ninja Morzez)で、彼らが書いた小説を2005年頃から有志のチームがMixi上で翻訳していました。元々はアメリカで生まれた作品です。

後に原作者から正式に権利を取得した翻訳チームがツイッター上でニンジャスレイヤーの連載を始めます。この連載は誰でも無料で閲覧することが出来たので、少しずつネット界隈で話題になり始めました。

下記のツイッターが連載用のアカウントです。

この形式は本作の大きな特徴で、書籍の本文もツイッターのように短い文章で分割されています。一般的な小説とはそこが違うところです。一般的な小説に慣れていると違和感を覚える方も多いと思いますので、単純に小説というカテゴリーに入れてしまってもいいのかは疑問が残ります。

まあ、『サイバーパンク・ニンジャ活劇小説』というカテゴリーということで!

翻訳チームがツイッターで連載を行う中、ついに2012年にはエンターブレインより書籍化がされました。下記が書籍に関する公式サイトへのリンクです。

この公式サイト内で試し読みも出来ますので、興味のある方は是非に。

 → ニンジャスレイヤー書籍公式サイト

書籍化だけにとどまらずドラマCDやコミカライズ、グッズの販売も始まり、ニンジャスレイヤーの人気は確実に高まってきています。今後の展開が楽しみな作品の一つです。

ストーリー

 まずは以下の紹介動画を見るとわかりやすいかと。

この物語は、サイバネ技術が普遍化した近未来を舞台に復習を誓ったニンジャスレイヤーとニンジャたちの戦いを描いた物語になっています。

ごく普通のサラリマンであったフジキド・ケンジはマルノウチ・スゴイタカイビルにおけるニンジャ抗争に巻き込まれ、妻子を失います。フジキド自身も死の淵にあったのですが、突如として謎のニンジャソウルが彼に憑依し、ニンジャを殺す者ニンジャスレイヤーとなって蘇ります。 

ニンジャスレイヤーのイラスト http://seiga.nicovideo.jp/watch/mg80288?track=ct_firstより 

本作の主人公ニンジャスレイヤー
関根光太郎による漫画『NINJA SLAYER 殺〈ニンジャスレイヤー キルズ〉』の第1話より
http://seiga.nicovideo.jp/watch/mg80288?track=ct_first

上の画像はニコニコ静画で連載中のコミカライズ作品『NINJA SLAYER 殺(ニンジャスレイヤー キルズ)』の第一話のものです。

ニンジャスレイヤーと生まれ変わったフジキド・ケンジは復習を遂げるために過酷な戦いへと身を投げ出すのです!

 → ニコニコ静画 NINJA SLAYER 殺

私がちょうど読み終わっている『ネオサイタマ炎上』が第1部にあたり、書籍の1~4巻に相当します。

第1部の『ネオサイタマ炎上』はニンジャスレイヤーの誕生から始まり、彼の復讐目的であるソウカイヤとの戦いを描いた物語です。家族を失い復讐の“ニンジャ”と化したフジキド・ケンジの戦いがストーリーの主軸になっています。その中で数多くのニンジャと戦ったり、一般の人々のふれあいを通じて『ニンジャスレイヤー』の世界観が描写されていくわけです。

第2部は書籍の5~8巻にあたる『キョート殺伐都市』で、現時点では8巻目が最新刊です。以後続刊の予定で、第3部はツイッターで現在連載中の『不滅のニンジャソウル』となっています。

実際面白い

ニンジャスレイヤーが人気になった要因の一つが忍殺語とも呼ばれている摩訶不思議な日本語です。

これは原作を翻訳するにあたり、翻訳チームが普通の日本語としてではなく独特な表現を用いて翻訳していることに由来します。もちろん原作でも独特の表現はあるのですが、やはりそれを奥ゆかしい日本語に翻訳してみせた翻訳チームの影響力がかなり大きいと思われます。

この忍殺語に毒されてはまってしまうと以下の動画のコメントみたいになってしまいます。ニンジャスレイヤー関係ないのに

ニンジャスレイヤーを未読の方にはわけがわからない言葉の羅列かもしれません。謎の悲鳴や途切れ途切れの文章などなど。これらがニンジャスレイヤーの世界観における重要なキーワードなのです。

詳細は以下のリンクが詳しいです。気になる人は見てみてください。

 → ニコニコ大百科 忍殺語とは

 → ニンジャスレイヤー @ wiki ニュービーのための忍殺文体ドージョー


※2014/3/15 追記

2014年3月に起きた@wiki騒動にも関連してニンジャスレイヤーのwikiは下記へと移転されました。

 → ニンジャスレイヤー Wiki*

 → ニンジャスレイヤー Wiki* ニュービーのための忍殺文体ドージョー

お知らせは以上ドスエ。 


上のリンク先に、用例の一つとして『山月記』を忍殺文体にしたものがあります。これがまた実際面白いのでご紹介したいと思います。忍殺にかかってしまえば名作『山月記』もご覧のありさまです。

まずは原文を。

殘月の光をたよりに林中の草地を通つて行つた時、果して一匹の猛虎が叢の中から躍り出た。

虎は、あはや袁に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隱れた。

叢の中から人間の聲で「あぶない所だつた」と繰返し呟くのが聞えた。

其の聲に袁は聞き憶えがあつた。驚懼の中にも、彼は咄嗟に思ひあたつて、叫んだ。

「其の聲は、我が友、李徴子ではないか?」

袁は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かつた李徴にとつては、最も親しい友であつた。

温和な袁の性格が、峻峭な李徴の性情と衝突しなかつたためであらう。

叢の中からは、暫く返辭が無かつた。しのび泣きかと思はれる微かな聲が時々洩れるばかりである。

ややあつて、低い聲が答へた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。

袁は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懷かしげに久濶を叙した。

そして、何故叢から出て來ないのかと問うた。 李徴の聲が答へて言ふ。

自分は今や異類の身となつてゐる。

出典:『山月記』中島敦著。青空文庫より引用。

 これを忍殺語に変換すると以下のように。

(【ここまでのあらすじ】エンサンはネオサイタマ市警の怒れるデッカーである。彼は温厚な人柄で仲間から慕われているが、今日は違う。
勤務交代寸前に駆り出された違法バイカー集団の逮捕はすぐ終わるはずだった。
ところがオムラのロボマッポが暴走し、バイカー数名とエンサンの同僚を射殺してしまったのである。)

 

ネオサイタマの朝は暗い。重金属酸性雨を降らすどす黒い雲が、日光と月光を完全に遮っているためだ。
エンサンは言いようのない怒りに心を渦巻かせながら、対重酸性雨用トレンチコートに身を包み、ひときわ陰気くさい裏通りを歩いていた。
「GRRRRR!」彼が通りの中ごろまで来た頃、左側の脇道から突如としてタイガーめいた動物が飛び出してきた!「GRRRRR!」「アイエッ!?」
ナムサン! エンサンは警戒を怠っていた己のウカツを呪い、恐怖に叫びながらも渾身のバックジャンプ!「アイエエエエ!ナンデ!?バイオライオンナンデ!?」
新幹線めいた猛スピードで飛び出してきた襲撃者は、一瞬エンサンを見据え、そのまま右隣の通路へ飛び込み姿を消した!

 

「アイエエエ……」情けなく尻もちをついたエンサンはデッカーガンを抜き、第2撃に備える。だが攻撃は来ない。いや……姿すら見えない。
エンサンは襲撃者の消えた通路を警戒しつつ立ち上がった。今度は油断なくデッカーガンを構え叫ぶ!「おい!何者だ!!」
すると……おお、路地の奥よりかすかな、穴に追い詰められたラクーンめいたささやきが聞こえるではないか。「危ないところだった」
この声の主にエンサンは心当たりがあった!「まさかこの声は……。リチョウ=サンか?」
リチョウはセンタ試験を勝ち抜き、カチグミ・サラリマンになった昔の友人である。気が荒く周囲から浮きがちな所があったが、温厚なエンサンとは良い関係を築いていた。

 

「アイエエエエ……ナムアミダブツ……」呻くような泣き声。そして。「ドーモ、エンサン=サン。いかにも、私はリチョウです。」
ゴウランガ!エンサンの予想通り、この声の主はまさしくリチョウに違いない!
「ドーモ、リチョウ=サン。エンサンです」エンサンは思わぬ再会に恐怖を忘れ、アイサツを返した。「どうしたんだ? なぜ出てこない?」
「できぬ。いや、ならぬのだ。」「ナンデ」「今の私は、ニンジャとなってしまったのだ……」

 

(ハイク・イン・ルナティック・ストリート#1 終わり #2に続く)

出典:ニュービーのための忍殺文体ドージョー

何度読んでも最後の「今の私は、ニンジャとなってしまったのだ……」で吹き出してしまいますw

だいたいのことはニンジャが原因ですしね。

さらにニンジャスレイヤーの世界観はどこか、と言うかかなりずれた日本観をベースに構築されているために、忍殺語と相まって一種独特の何とも言えない雰囲気を醸し出しています。

物語の舞台はネオサイタマ、なぜにサイタマなのかっ! マルノウチ・スゴイタカイビルってどんなビルだっ! 独特の世界観と言ってしまえばそれまでですが、そんな単純な言葉だけでは終わらない中毒性を持っている世界観です。それに加え、妙に詳しい日本の世相が描写されているのもやみつきになってしまう要因の一つでしょう。サラリマンは今日もメガコーポで奴隷のように働き、失態を犯せばケジメやセプクを強いられるという。一体どこのブラック企業でしょうか。

そう早い話、ニンジャスレイヤーの世界観や文体自体がとんでもないギャグになっているというわけです。

読んでいるうちにこれが“くせ”になってきて無性に楽しくて仕方がないのです。シュールギャグと言うべきか、コメディーではちょっと軽すぎな表現か、何というか、まさにサイバーパンクでニンジャアトモスフィアに溢れた作品なのです。普通の言葉ではなかなか説明しづらい、そんなギャグです。

しかしニンジャスレイヤーの本当の面白さは、忍殺語というギャグの背後にあるしっかりとしたストーリーだと思います。

確かに文体はギャグの一種で中毒性は高いですがそれだけで多くのファンを獲得出来るものではありません。復讐の戦いに身を投じたニンジャスレイヤーの孤独や葛藤の描写、悲しみの中でさえふれ合うことの出来た人々の温かさなど、観るべきところは数多くあります。

忍殺語ばかりが話題になってしまいストーリー自体の評価が霞んでしまうことはもったいないことだと私は思います。フジキド・ケンジの復讐にどのような決着がつくのか、それは忍殺語というギャグだけで語れるようなものではないのです。

読んでみた感想

やはり読み始めたきっかけはネット上で聞こえてきた忍殺語なる摩訶不思議な日本語でした。少し前あたりからか、忍者という単語が出てくると必ずと言っていいほど変な言葉が飛び交い始めるのです。

アイエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?

何か元ネタがあるのかと気になってしまい、なんだかんだ調べているうちにニンジャスレイヤーという物語にたどり着いてしまったのですね。

実際に読み始めてみると確かに変な言葉が溢れていて、なんだこれはという感想でした。さらにニンジャスレイヤーの物語の特徴として時系列がばらばらになっているという点があるために、最初は読みづらかったというのが本音です。

一連のストーリーには流れがあるのですが、それを色々なところで区切って過去も未来もごちゃまぜになって物語は進みます。一種の群像劇なのですが、登場人物たちの把握がまだ出来ていない最初の頃にはこれが結構読みづらいと感じるかもしれません。

しかし、これが慣れてくると次第に気にならなくなり、忍殺語自体もなんだか心地良いものに変わってきてしまうのです。そうなったらもう泥沼のように抜け出せないでしょう。抜け出せなくなっちゃった……アイエエエ……

「アイエエエ!」なんて悲鳴は我々日本人にはなじみのない表現です。これは英語の「ayeee!」という悲鳴の直訳ですが、読んでいるうちに「アイエエエ!」という悲鳴に違和感を感じなくなってきて、むしろ悲鳴を上げるときは「アイエエエ!」と叫ぶものだと思うようになってきます。なってきてしまいました。ニンジャに出会ったら「アイエエエ!」と叫ぼう!

私は第1部の『ネオサイタマ炎上』まで読み終わりましたが続きが気になって気になって仕方がありません。ソウカイヤへの復讐の戦いに身を投じたフジキドのことはただただ悲しく、4巻の最終決戦の流れは涙無くして読むことは出来ません。それでもなお、彼の戦いはこれからも続くのであって、第2部の『キョート殺伐都市』が早く読みたいと思ってしまったのでした。

いやまあぶっちゃけ、世界観が面白過ぎて無性に楽しいのが一番なんですけどね。

 → ニンジャスレイヤー書籍公式サイト

 → ニンジャスレイヤーとは ニコニコ大百科

 → ニンジャスレイヤー Wikipedia

 → ニンジャスレイヤー Wiki*