実のところ、私はサイバーパンクというジャンルにはかなり疎い人間です。

『ニューロマンサー』とか『ブレードランナー』とか、名前くらいは知っていますが見たことも読んだこともなく、『攻殻機動隊』や『マトリックス』もちょっと見たくらいで全てを見るまでは至っていません。

個人の性向の問題が大半を占めているのですが、サイバーパンクにはなんかコワイというイメージが私の中にはあります。人体を機械化するような描写には肌がゾワゾワするような感覚を覚えますし、人が簡単に死んでいくようなモノというイメージがサイバーパンクにはあると思っているのです。私はペンギンやラッコが出てくる穏やかな物語の方が好みです。

ですから正直な話、話題の作品ということでニンジャスレイヤーを読み始めてはみたものの、やはりコワイという感情を私は抱いていました。特にニンジャスレイヤーは主人公からして復讐の殺人鬼です。作中では子供がアリを踏みつぶすがごとく、次々に人が死んでいきます。それもむごたらしく目を背けたくなるような死に方ばかりです。

おそらくニンジャスレイヤーがごく普通の小説であったのならば、私は第1巻の途中で投げ出していたかもしれません。アゴニィ=サンのあたりで脱落していたと思います。でも、ニンジャスレイヤーの醍醐味の一つである、あの独特なリズムと言葉から生まれる文章が私を助け読み続けることが出来ました。

ネット上などでは『忍殺語』とも呼ばれていますが、本当、何をどうやったらあんな摩訶不思議な日本語を書くことが出来るというのでしょうか。そして、それが不思議と中毒になり、気持ちいいのです! 私にとってはあまり好きではない殺伐とした殺し合いや、スプラッターなシーンであっても、その不思議な文体の影響でどこかコミカルにギャグめいて見えてきてしまうのです。

今回の記事では忍殺語にも触れながら、書籍第2巻のご紹介です。

忍殺語

ニンジャスレイヤーを語る上で真っ先に話題になるのが『忍殺語』とも呼ばれる独特の日本語です。

元々ニンジャスレイヤーはブラッドレー・ボンド(Bradley Bond)とフィリップ・N・モーゼズ(Philip ninja Morzez)によって書かれた海外の小説です。もちろん全て英語で書かれています。

全文英語のニンジャスレイヤーが日本語として翻訳される際、翻訳チームはかなり特異な翻訳を試みました。独特な言語のリズムや滑稽な日本語など、それ自体がもはやただのギャグに見えてくるような翻訳を行い、いつしかそれは忍殺語として呼ばれ、今や忍殺語はニンジャスレイヤーの代名詞として知れ渡るまでになりました。忍殺語なくしてニンジャスレイヤーは語れません。

 → ニンジャスレイヤー Wiki* ニュービーのための忍殺文体ドージョー

 → ニコニコ大百科 忍殺語とは

 → ガジェット通信 【インガオホー】あなたのニホンゴを侵略する!忍殺語インストラクション【オタッシャデーッ!】

 → togetter まとめ 忍殺語は美しい日本語である

関連リンクとして挙げさせていただいた最後のリンク「忍殺語は美しい日本語である」の内容に、私は大いに共感を覚えます。一見するどころか何度見てもネタにしか見えない忍殺語ですが、それを洗練し繰り返すことで一種の様式美が誕生します。そして忍殺語で語られる物語はリズムが心地よく、これがどうしてもくせになってしまい頭から染みついて離れないのです。

このくせになる忍殺語は本編エピソードを読むことでしか理解は出来ないと思います。上のリンクのような一覧を見たところで若干の雰囲気は伝わりこそしても、本当の奥ゆかしいコトダマは見えてこないでしょう。興味をもったら是非、本編を読んでみてください。

第2巻の掲載エピソード

第2巻には以下のエピソードが掲載されています。

リンク先は全て『ニンジャスレイヤー Wiki*』です。

◆パンキチ・ハイウェイ・バーンナウト (Punkichi Highway Burnout)(書籍限定)

◆チャブドメイン・カーネイジ (Chab-Domain Carnage)

◆ユーレイ・ダンシング・オン・コンクリート・ハカバ (Yu-Rei Dancing on the Concrete Hakaba)

◆スシ・ナイト・アット・ザ・バリケード (Sushi-Night at the Barricade)

◆フジ・サン・ライジング (Fuji Sun Rising)

◆ジ・アフターマス (the Aftermath)

◆ア・カインド・オブ・サツバツ・ナイト (A Kind of Satz-Batz Night)

◆アット・ザ・トリーズナーズヴィル (at the Treasonersvill)

◆スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ (Swan Song Sung by a Faded Crow)

◆グランス・オブ・マザーカース #1 (Glance of Mother-Curse #1)

◆オウガ・ザ・コールドスティール (Ogre the Cold Steel)

この中から、『スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ』と『グランス・オブ・マザーカース #1』についてここではご紹介していこうと思います。

スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ (Swan Song Sung by a Faded Crow)

私はニンジャスレイヤーの第1巻を読んで、ヤマト・コキの登場する『ラスト・ガール・スタンディング 』のエピソードに出会いました。そしてニンジャスレイヤーという物語に興味を持ち、続編を読んでみようと思ったのです。

そして本書第2巻に掲載されている『スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ 』を読み、このエピソードに溢れる、そしてニンジャスレイヤー全体に溢れる、アトモスフィアの虜になってしまったのです。

アトモスフィア・atmosphere」、ニンジャスレイヤーの文中でよく出てくる言葉です。意味は雰囲気とか空気とか、その空間や人の醸し出す情緒を表現しています。

この『スワン・ソング~』は書籍第1巻に掲載されていた『ラスト・ガール~』の続編にあたります。再びヤモト・コキを主人公として、『ラスト・ガール~』のエピソードの後で彼女がどうなったのかが描かれていくのですが、このエピソード全体に流れているアトモスフィアには涙を禁じ得ませんでした。ニンジャスレイヤーの全エピソードを見渡してみてもトップクラスに泣けるエピソードだと思います。

友とも別れを告げ、たった一人孤独に追っ手から逃げ続けるヤモト・コキ。彼女はある日一人の男に窮地を救われます。

男の名はシルバーカラス。ニンジャでありながらも病に冒され余命幾ばくもない殺人鬼。

これまで罪無き人々を殺めてきた懺悔か、あるいは単なる善意なのか、シルバーカラスはヤモト・コキにカラテを教え、彼女に生きるための力を授けていき……。

このエピソードの見所は、なんと言ってもシルバーカラスとヤモト・コキの師弟関係にあります。

ニンジャスレイヤーの物語には師弟関係の描写が数多く登場します。師からの教え(インストラクション)を心の支えに、そして武器にして、サツバツとしたマッポーの世を生きていく力へと変えていくのです。それは託す者と、託される者、そして去りゆく者と立ち上がる者の物語です。

ヤモト・コキはシルバーカラスと出会ったことで様々なことを学んでいきます。それは本当に短い時間で些細な教えではありましたが、このエピソード以降のヤモト・コキを支える大事なインストラクションとなりました。

ニンジャスレイヤーはあまりのインパクトの大きさにギャグ要素が突出しがちですが、本エピソードのような感動的で情緒溢れるものも数多くあります。むしろ、それこそがニンジャスレイヤーの本当に面白いところだと私は思っています。ギャグ要素で人を寄せ付けておいて、本気のストーリーをぶつけて読者にとどめを刺しに来るのです。ギャグとシリアスのバランスが素晴らしく、かつどちらの要素も一級品であるのだから人気が出て当然でしょう。

ヤモト・コキを主人公とした『ラスト・ガール~』と『スワン・ソング~』の両編は、ニンジャスレイヤーを読み始める最初のエピソードとしても共に強くおすすめ出来る作品です。

 → ニンジャスレイヤー Wiki* ラスト・ガール・スタンディング

 → ニンジャスレイヤー Wiki* スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ

上のリンク先にエピソードのまとめと解説がありますが、あらすじの部分を読むだけでもこのエピソードのアトモスフィアは感じてもらえると思います。

本エピソードは第2回人気エピソード投票で第2位に輝いています。そして現在行われている書籍第1~4巻を対象に行われている人気エピソード投票(2014年5月9日〆切)でもかなりの上位にランクインするだろうと、私は思います。私はこのエピソードに一票を入れるでしょう。

グランス・オブ・マザーカース #1 (Glance of Mother-Curse #1)

ニンジャスレイヤーの中でもかなり異質なエピソードなのが、この『グランス・オブ・マザーカース #1』です。#1とある通り、このエピソードは本書だけでは完結しません。ちなみに#2は第1部の第3巻に、#3は第2部の第5巻に掲載されておりエピソードの時間軸はかなりバラバラです。

このエピソードでは世界観の根幹部分に踏み込んだ描写が見られ、その意味や全容を把握するには本書の時点ではまず無理です。私も本書を読んでいて、このエピソードの展開には頭に?マークがずっと浮かんでいました。でも、このエピソードはニンジャスレイヤーの世界観に関わる結構重要なものなので、今後の展開に欠かせないエピソードとなっているのです。

ところで、ここでニンジャスレイヤーのPVを見てみましょう。

『ニンジャとは、平安時代の日本をカラテによって支配した半神的存在である。しかし彼らはキンカク・テンプルで謎のハラキリ儀式を行い、歴史から姿を消した。』

この動画の冒頭部分には上のような説明が出てきますが、初見の方にとっては意味不明のギャグ以外の何物でもないと思います。私自身、この意味不明な設定や言葉には大いに笑いました。この物語はよくあるような外国人から見たトンデモ設定の日本観が描かれているのかと思い込んだものです。

でも、ニンジャスレイヤーを読み進めていくと、これがギャグでも何でもない、物語を支える超重要な、歴史の真実であることを実感し始めるのです。

キーワードは『コトダマ空間』と呼ばれる謎の空間の存在です。

コトダマ空間とは、一部のヤバイ級ハッカーたちだけが存在を認識することの出来る、物理法則が現実とは全く異なる謎の空間のことです。ニンジャスレイヤーの世界観の根幹に関わる存在であり、物語が進むにつれて、徐々にその謎が読者には明らかになっていきます。

この『グランス・オブ~』は、このコトダマ空間に関わるエピソードなのです。第1部の時間軸での出来事なのですが、内容的には第2部の出来事を先取りしています。現在だけでなく、過去にも未来にも関わるエピソードゆえ、初見で読んでもあまり内容は理解出来ないかも知れません。

逆に言えば、ニンジャスレイヤーの根幹部分を垣間見ることの出来るエピソードなので世界観の秘密を味わうにはもってこいかもしれません。

 → ニンジャスレイヤー Wiki* グランス・オブ・マザーカース #1

最後に

私はこの第2巻を読んだことで、ニンジャスレイヤーの世界観のあまりの広さを想像してすごく驚きました。

『スワン・ソング~』でのキャラクターの造形や描写の数々に、原作者とそして翻訳者たちの技量を確かに感じました。ニンジャスレイヤーは設定やキャラクターだけを聞くと、どう見ても勢い任せのギャグストーリーにしか見えません。しかし、ストーリー構成や魅せ方はかなりハイレベルなところにあると私は思っています。

ヤモト・コキとシルバーカラスの最後のインストラクションのシーンには震えが止まりませんでした。正直、ネタ小説だと思い込み侮っていた気持ちはあります。こんなにも、こんなにも泣けるものだとは思ってもいなかったのです。

「なぜ泣く。バカめ」

出典:『ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上 2』p.356

本当に、たったこれだけの短い言葉が、あんなにも胸に突き刺さるとは思わなかった。私はこのセリフで泣きました。

そして本書辺りから『コトダマ空間』というものが気になり始めます。それはこのニンジャスレイヤーの世界観にとってかなり重要なものであり、その意味が理解出来たときにはニューロンが焼き切られるような衝撃を覚えました。

ニンジャスレイヤーはサイバーパンクの小説です。

ただ単にニンジャが出てきてニンジャを殺すだけのストーリーではありません。サイバネ技術の発展した近未来都市ネオサイタマを舞台に、科学や技術に焦点を当てたSFの物語でもあるのです。

一見するとギャグにしか思えないニンジャやキンカク・テンプルの存在ですが、コトダマ空間の真実が明らかになるにつれて、その意味するところが朧気ながら眼前へと広がっていきます。その瞬間、この物語の存在感がどしりと頭にのしかかり、読者のニューロンを叩き潰しにかかってきます。

ニンジャ」とは何なのか?

キンカク・テンプル」とは何なのか?

コトダマ空間」とは何なのか?

これらは単なるでまかせのトンデモ設定でもなく、一つ一つに意味のある、物語を構成する大きな歯車たちなのです。これらの真実が明らかになるにつれてニンジャスレイヤーの物語も深く展開し、圧倒的なスケールの世界観が目前へと迫ってくることになるのです。