前回に引き続き橙乃ままれの『ログ・ホライズン』を紹介します。

本書第4巻では第1部最大の見せ場が訪れ、非常に内容の濃いシーンが連続で続きます。怒涛の展開の数々に興奮は収まらず、アニメ化が待ち遠しくて仕方がありません。

この第4巻は今現在発売している『ログ・ホライズン』の中で最も好きな巻です。レイネシアの演説や大規模戦闘、ルンデルハウスの覚悟にシロエの新しい魔法、色々な見所が数多くありますが、その中でも一番好きなシーンはレイネシアの演説に応えた<冒険者>たちのシーンです。

朝焼けの<アキバの街>に響き渡った彼らの歓声や雄叫びにはかなり揺さぶられるものがありました。そのときようやくプレイヤーたちの声を聴いた気がして、彼らの顔には涙と笑顔が溢れているように私には感じられたのです。

朝焼けの輝きの中、異世界に囚われたプレイヤーたちもようやく輝きを取り戻した瞬間でした。

<大地人>と<冒険者>の交渉が進む中、初心者の強化合宿を行っていたザントリーフ地方に突如として<ゴブリン>と<サファギン>の大軍勢が現れました。

シロエはこれを『ゴブリン王の帰還』と推測します。これはゲーム時代に定期的に発生していたイベントで、<ゴブリン>族の王が周辺部族を纏め上げ軍事侵攻を行うというものでした。従来であれば複数のクエストをプレイヤーが攻略していたために軍勢の規模は大したことなく終わっていたのですが、今回はプレイヤーたちが<大災害>に巻き込まれたために関連クエストが未攻略のまま侵攻が始まってしまったのです。

そのため<ゴブリン>族の勢力は減ることなく過去最大規模に膨れ上がり、その数は最大で2万弱。

突如として訪れた危機に<自由都市同盟イースタル>は大混乱に陥ります。しかしプレイヤーたちは冷静で、<大地人>たちがどう動くか様子を見ます。というのもどれだけ大軍勢であろうと、ゴブリンはゴブリンでしかないのです。90レベルの<冒険者>たちを有する<アキバの街>にとって、2万弱程度のゴブリンは敵ではないのです。

しかし<大地人>たちにとっては祖国存亡の危機。この事態にどう対処していくのか、それが第4巻の内容となっています。

本書最大の見せ場は、何と言っても<大地人>であるレイネシア姫の演説から始まる大隊規模戦闘、レギオンレイドのシーンです。

突如として降って沸いた危機に<自由都市同盟イースタル>はただただ混乱し団結することが出来ません。挙句の果てに、<冒険者>たちにその責任を押し付けようとする始末。<大地人>と<冒険者>の間に不和が生まれそうになったところに登場するのがレイネシア姫です。

レイネシアは<自由都市同盟イースタル>最大の勢力を誇るコーウェン家の娘です。今回の領主会議で社交界デビューをし、会議の合間ではクラスティと不思議な友情?を育んでいました。

普段はぐうたらで怠け者の彼女ですが、祖国の危機にろくな対応の出来ない領主たちに我慢できず会議に乱入して啖呵を切ってしまいます。本来なら貴族の娘としてありえない行動でしたが、彼女は<冒険者>であるクラスティと思いのほか長い時間を過ごしてしまっていたのでした。

謎の異世界に突如として囚われ、帰還方法も分からず死ぬことも出来ず、ただただ灰色の世界へと沈んでいたプレイヤーたちはシロエの活躍により生きることを決意します。そのとき、この物語に色彩が生まれた感想を持ちましたが、このレイネシアの登場で物語にさらなる輝きが生まれたように感じました。

<大地人>であるレイネシアがプレイヤーたち<冒険者>に対し祖国の危機を訴え助けを乞います。本来なら解決すべき政治的な問題や経済的な問題はありました。しかし、一人の<大地人>として、同じ世界に生きる者として、彼女の切実な言葉は<冒険者>たちの魂に火をつけます。

「どうか、お願いします」

彼女がほとんど呟くように言い終えるのと同時に聞こえたのは、重い鋼鉄の響きだった。広場の中央を占める、紺色の外套に巴の紋章を染め抜いた一団が、思い思いの武器をならし、かかとを打ち付ける。

黒い鎧の一団は、揃いの長剣を鞘に落とし込み、戦いに赴くことを主張する。廃ビルの崩れかけたテラスからは、長弓を背負ったエルフの一団が高らかに角笛を吹き鳴らし、斧をもったドワーフたちが鬨の声を上げる。

猫人族、狼牙族、狐尾族たちといった少数種族すらも、この街ではこれといった差別を受けていないように見える。

(あ・・・・・・)

あっけにとられるレイネシアの隣に、クラスティが進み出る。一歩遅れて反対側に進み出たのは、シロエだった。

「これより。この街は。我々のはじめての遠征へと出陣するっ。出征条件は、レベル40以上っ。これは<円卓会議>からのクエストである。そして、このクエストの報酬はただ一点。ここに立つひとりの<大地人>からの敬意であるっ。我こそはと思う者は、馬に乗り一路マイハマへと出発せよっ!! 今回は危急の事情を考え合わせて電撃戦とする。そのため、編成については行軍中の指示となる。各自の自制と協力をお願いしたい。遠征総指揮はこのクラスティが執る」

出典:『ログ・ホライズン 4 ゲームの終わり【下】』p.153,154

冒険者たちを相手に演説をするレイネシア姫 ログホラ4巻155ページより

<アキバの街>で演説をするレイネシア
彼女の願いを込めた演説は<冒険者>たちの心を動かし、団結させる。
朝焼けの空に響き渡る人々の声には“生”への喜びが溢れているように感じました。
背後ではシロエがほくそ笑む 第4巻155ページより

クラスティは言います。このクエストの報酬はただ一人の<大地人>からの敬意であると。

従来のゲームであれば<冒険者>は報酬となる金銭やアイテム、あるいは経験値を受け取ってクエストをこなしていました。クエストの見返りに報酬を求めるのはゲームとして当然のことです。

しかし、レイネシアには支払える報酬も何もありませんでした。彼女は、報酬を払う当ては何もないけれど、共にこの世界に暮らす者として手を貸してくれないかと人々に願ったのです。

この間まで灰色の世界に沈んでいた<アキバの街>に、プレイヤーたちの歓声が響き渡ります。それは戦場へ赴くことへの気持ちの高ぶりであると同時に、生きることへの喜びの声でもあるように感じられ、私はこのシーンで身震いが止まりませんでした。

プレイヤーたちは謎の異世界の中で死ぬことも出来ず、生きる意味を見失っていました。それは言い換えれば『やることがない』と同義です。死ぬこともなく、やることもなく、元の世界にも帰れず、果たしてそれは生きていると言えるのでしょうか。

そんな中、プレイヤーたちはこの異世界に来て初めて、助けを求められたのです。

このシーンの盛り上がりは本当に大好きです。

どんよりとしていた<アキバの街>の空気はシロエの活躍により払拭されました。しかし、本当に輝きを持ち、感情が爆発するのはレイネシアの演説がきっかけです。レイネシアの言葉により、プレイヤーたちは同じ世界に生きる隣人のために戦場へと赴きます。

<アキバの街>の広場で歓声を上げていた人々の中には、涙を浮かべながら叫んでいた人がいるような気がしてなりません。

その後、初の大規模戦闘は<冒険者>たちが圧倒的な力を見せ付けて幕を下ろします。そして、<アキバの街>と<自由都市同盟イースタル>は条約を結び、この世界の中で共に手を取り合い生きていくことを決意します。

と、ここで終わらないのがこの第4巻のすごいところであり、『ログ・ホライズン』のすごいところだと私は思っています。とっておきの山場が最後に残されていたのです。

ゴブリンの侵攻部隊の最前線にいたのは強化合宿を行っていた初心者たちでした。彼らは引率に来ていたベテランプレイヤーの指示の下、激戦を繰り広げていたのです。

彼らは合宿での成果を存分に発揮しかろうじて戦線を維持していましたが、突如として現れた強敵の攻撃で合宿に参加していたルンデルハウスが死亡してしまいます。ルンデルハウスの捨て身の行動により危機は脱したのですが、その代償は彼の死でした。

しかし<冒険者>は不死の存在です。蘇生魔法で復活することが出来ますし、放置していても神殿で自動的に復活します。ところが、ルンデルハウスにはなぜか蘇生魔法が効きませんでした。

それもそのはず、ルンデルハウスは<冒険者>ではなく<大地人>だったのです。

<冒険者>であれば死からの復活は当たり前のことです。しかし<大地人>にとって死は死でしかありません。死んだら、そこで何もかも終わりを告げるのです。

復活しないルンデルハウス。幾度もシロエに助けられた彼らは、シロエならばこの状況を打破してくれると信じてシロエに助けを求めます。そしてシロエは一つの魔法を行使することを決意します。

シロエが開発したオリジナルの魔法を行使する 4巻299ページより

本来の<エルダー・テイル>には存在しない魔法をシロエは行使する。
それはシロエ自身の研鑽と研究の成果であり、シロエが持つ無限の可能性の輝き。
この魔法により、<大地人>であったルンデルハウスは、新たに<冒険者>としての生を授かり復活する。
もはやプレイヤー=<冒険者>の図式は崩れ、ゲームは終わりを告げた。
4巻 299ページより

シロエが使った魔法は本来の<エルダー・テイル>のゲームには存在しない魔法でした。

この魔法によりルンデルハウスは<冒険者>として生まれ変わります。<冒険者>であれば復活出来るというルールを利用した詐欺同然の手口ですが、シロエは自身が開発した新しい魔法によってこれを可能にしてみせたのです。

ルンデルハウスは<大地人>だ。

そして3分後には確実に、死ぬ。

<大地人>は復活できない。

ゆえにルンデルハウスは消滅する。

―ならば。

答えは明白だ。

「3分間の間に、ルンデルハウスを<冒険者>にする」。

出典:『ログ・ホライズン 4 ゲームの終わり【下】』p.302

シロエが行使した魔法により、

プレイヤー = <冒険者>

NPC   = <大地人>

という図式はなくなり、ゲームは終わりを告げました。ゲームには存在しなかったアイテムや魔法の開発により、<エルダー・テイル>というゲームの枠を超えて物語は動き始めるのです。

これが『ログ・ホライズン』をよりいっそう面白くしている要素です。

個人の研鑽の果てには新たな可能性が存在する

かつてのゲームになかったこのシステムには無限の可能性が秘められています。ある意味で現実の世界と同様に、個人の努力やひらめきによって新しい何かを創造することがこの世界でも出来るのです。新たなアイテムや魔法、スキルや職業など、かつてのゲームを超えた展開にサブタイトルにある『ゲームの終わり』を実感します。

オンラインゲームを世界の下地にしていながら、その枠を超えたところで展開する物語には興奮を抑えきれません。それでいながら、ゲームの設定を無視することなく絶妙なバランスで活用するところに橙乃ままれの技量が窺えます。

特に第1部でゲームを終わらせていながら、海外編及び第2部ではゲームの設定をフルに活用するところはすごいの一言だと思っています。

そんなわけで、早く海外編の書籍化しないかな。