先日の色彩検定の帰り道、本屋さんをぶらついていたところ本書を見つけました。

いや、正確にはこの本のことは前々から読みたいと思っていました。しかし、シリーズ物で冊数があるために、たぶん一冊買ってしまったら他のも芋づる式で買うはめになるだろうと購入を少し躊躇っていたのです。他に買いたい本があったことも関係して、中々買う機会がなかったわけです。

しかし、この日は参考書の他に何か一冊だけ本を買おうとぶらついていたのですが、これといった本が見つからずにいよいよこの本を買うことにしました。

若干、買ってしまったことを後悔しています。

ああ、他のシリーズも早く読みたい。

あんまりお金ないのに・・・・・・。

著者は鳥取環境大学の教授である小林朋道(こばやし ともみち)です。

鳥取環境大学は2001年に設立された比較的新しい大学で、『環境』という言葉を日本で初めて大学名に取り入れた大学です。

私が勤めている鳥取環境大学は、学生数一二〇〇人ほどの小さな大学で、「人と社会と自然の共生をめざす人材の育成」を目標に掲げて五年前につくられた。

大学の周辺には森や河川、池などがあり、キジがキャンパスを歩いたり、カルガモが緑化された屋上に巣をつくったり、タヌキが学内の道路を横切ったり・・・・・・・・・いわゆる自然に囲まれた大学である。

出典:『先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます!』p.2

そして、この大学を一躍有名にしたのが本書の著者である小林先生です。

小林先生は動物行動学人間比較行動学を専門とする動物博士で、シマリスやアカネズミの研究や水辺の環境保全などに取り組んでいます。そして何よりも無類の動物好きな人物です。

上の本文抜粋にもあるとおりに、鳥取環境大学は周囲を自然に囲まれていて多くの生物が生息しています。そんな大学だからこそ学内では動物にまつわる事件が頻繁に発生し、その中心にいつもいるのが小林先生なのです。

小林智道プロフィール画像 EICネット『エコナビ』 小林朋道さんのプロフィールより

小林先生 肩にいるのは本書にも出てくるドバトのホバでしょうか? EICネット『エコナビ』 小林朋道さんのプロフィールより http://econavi.eic.or.jp/ecorepo/navigator/6

本書は小林先生のエッセイ集で、通称『先生シリーズ』は以下の7冊が現在販売されています。 

このシリーズは学生が小林先生に呼びかけるようなタイトル構成になっていて、その内容がすごく秀逸です。とても興味がそそられて思わず手にとってしまようなものばかりです。

学内で何か事件が起こると、まず小林先生の下へと連絡が入ります。それが大抵動物に関わることなので、動物の専門家である小林先生に白羽の矢が立つというわけです。そして小林先生も喜んで現場へと駆けつけるというのがこのシリーズのお約束となっています。

このシリーズの面白いところは、ただ動物にまつわる事件が面白いだけではなく、それらの事件を通して人間や動物の取った行動や動物の生態などを大学教授の視点できちんと解説しているところにあります。エッセイ集としての面白さがありながら、教育書としての面白さもあるという読んでいてすごくためになる本です。

ここでひとつ、本書のエピソードとして『化石に棲むアリ』というのをご紹介しましょう。

ある日のこと、学生が大学の森で20センチメートルほどの石を発見します。そしてよく見てみると、その石には木の化石が埋まっていました。その後、その化石は小林先生の研究室に置かれることになるのですが、研究室に置かれたその翌日に事件は起こります。

小林先生が翌朝研究室にやってくると、化石を置いておいた机の上をたくさんのアリが歩き回っています。最初は外から研究室に侵入してきたと思った小林先生ですが、よくよく観察してみると昨日置いておいた木の化石の中から出てきているようなのです。

夕方になると、アリたちは皆、石の中に入っていき、朝になるとまた出てきた。

こうなると私はがぜんアリたちがかわいくなる。

出典:『先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます!』p.104

化石の中に棲むアリたちにすっかり魅入られた小林先生は、机の端っこにアリのえさを置いて飼育を始めてしまいます。研究室には化石とアリとえさと、そしてそれをうれしそうに眺める人間という奇妙な空間が生まれました。

部屋の中でアリを飼育してしまうという行動が小林先生らしくてすごく面白いのですが、実際にその現場を目の当たりにしてしまったらきっと驚くと思います。文章だから愉快に読めますが、さすがに部屋の中でアリが歩き回る光景は一歩引いてしまうかもしれません。

そしてそのことを一応(?)小林先生も自覚はしているようです。

何も知らない人が見たら大変奇妙に思うに違いない。

私にだってそれくらいのことは想像できる。

だから、部屋に入ってきた人にはできるだけ、机の上のものがなぜそこに置かれているのか、それはなんなのか、わかりやすく説明するようにした。

それぞれ違った表情で私の話を聞いていた。中には、ホーと感心してアリを見つめる人もいた。(立派な人たちだ。)そうでない人もいた。

出典:『先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます!』p.105

そうでない人もいた。という一文に思わず笑ってしまいました。学内での小林先生の立ち位置が垣間見える瞬間です。

さて、それはひとまず置いておいて。

小林先生はこのアリのエピソードの中で、なぜ人は生物に愛着を持つのかという話をしています。

犬や猫のペットはもちろん、野生動物であっても目の前に生き物がいれば「かわいい」とか「もっと見てみたい」といった感情を多くの人が持つと思います。あるいは動物ではなくても、植物や川のせせらぎに心地良さを感じることもあるでしょう。

小林先生は自身がアリへと強い愛着や関心を持つことに関連して、そもそも人はなぜ自然や動物にそういった良い感情を持つのかということを『バイオフィリア』という考え方を紹介して解説しています。

現代の知の巨人とよばれるアメリカの生物学者ウィルソンは、著書『バイオフィリア ―人間と生物の絆』(狩野秀之訳 一九九四年 平凡社)の中で次のような文章を書いている。

ヒトの脳は、ホモ・ハビリスの時代から石器時代後期のホモ・サピエンスに至る約二〇〇万年のあいだに、現在のかたちに進化してきた。その間、人々は狩猟採集民として群れをつくり、まわりの自然環境と密接な関係を保って暮らしていた。そのなかでは、蛇は重要な存在だった。いや、水の匂い、ハチの羽音、植物の茎がどちらの方向に曲がっているかさえ重要だった。その時代には、「ナチュラリストの恍惚」は適応的な価値を持っていた。草のなかに隠れている小動物を見つけられるかどうかで、その晩の食事にありつけるか、腹を空かせたままでいなくてはならないかが決まるのである。未知の怪物や這い寄ってくる生き物を前にしたとき覚える恐怖の感覚、背筋がぞくぞくとするような魅惑は、人々を明日の朝まで無事に過ごさせてくれたことだろう。そうした感覚は、現在の不毛な都会のただなかに住むわれわれでさえ感じることができる。

(中略)

私は、道具を作ったり操作することも好きだし、親しい人たちと接するのも好きである。しかし、それ以上に野生動物の習性にじかに接することが好きである。

アリが巣から出て周囲を探索する様子、アリが机の上の水滴を飲む様子、アリが仲間同士で触覚をふれあわせる様子など、見ていてワクワクするし、これまで見たこともないような行動に出くわしたときなど、“背中がぞくぞくするような”感覚を覚えることがある。ウィルソンのいう“ナチュラリストの恍惚”に近いものである。

ウィルソンは、このような、生物に対する感情を総称して「バイオフィリア」とよんだ

出典:『先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます!』p.106,107,108

この本で私は「バイオフィリア」という言葉を初めて知りました。

小林先生ほどではありませんが、私も自然や生物というものが好きです。草花を眺めるのは心地良いし、鳥のさえずりや風の匂いを探して外へ出ることもよくあります。しかし私はそういった感情は嗜好によるものだと思っていました。

ただ単に「私は自然が好きだ」という個人的なものです。

しかしこういった感情は、人間であれば誰もが持っている本能的な感情だと言うのです。

人は元来、自然の中で他の生物を食べて生きてきました。他の生き物を見るということは食料を得るために必要なことであり、身を守るためにもかかせないことでした。だからふとしたとき、近くに生き物がいると視線がそちらを向いてしまいます。興味であれ、警戒であれ、その存在を無視することが出来ないのです。

小林先生は動物の面白い事件に絡めて、こういったやや踏み込んだ学問的な話題も盛り込んできます。これらが決して読むのが嫌になるような難しい内容ではなく、「おー、なるほど」と思える程度というのも本書の魅力の一つです。

本書を読んだことで、普段何気なく見過ごしている自然の中にも面白いことがいっぱいあるのだと気づかされました。

本書は是非、大学進学前の中学生や高校生に読んで欲しいと思っています。日本にはこんなにも面白い大学があるのだと知ることは、きっと今後の人生へとプラスになることでしょう。

もちろんすでに大学を出た大人の方にも、自然や環境を考えるきっかけとして貴重な一冊になると思います。

まあそんな真面目な話は置いておいても、小林先生や鳥取環境大学の学生たちと動物たちが繰り広げる事件は読んでいてすごく楽しいです。特にこの本に出てくるコバヤシという生き物は実に面白い。

明日はどんなことが起こるのかな?

そんなことを思ってしまう愉快な物語です。

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