本書は2012年の12月に発売された星野道夫の写真集です。

発売されて間もない頃に本屋さんで見つけていたのですが、そのときは購入を渋っていました。2500円と若干高い金額とその当時のお財布の重さを天秤にかけて悩んでいたのです。もう一つ理由はあったのですが(記事本文でご紹介)、結局購入を躊躇っているうちに本書のことは忘れ去っていました。

そして月日は流れ、今から一月ほど前のこと。

ふらりと図書館に行ったときに棚に置いてある本書を発見しました。いつの間にか図書館にも配架されていたようで、本書の存在を久々に思い出したわけです。もちろんすぐに貸し出し手続きをして読んでみました。

2500円が高い? 冗談じゃない!

2500円は安すぎる。なぜそんな些細なことで購入を渋っていたのか激しく後悔しました。私は読みかけの本書をすぐさま返却し、その足で本屋さんへ直行しました。この本は是非とも自宅の本棚に欲しいと思ったからです。お金がない? そんなことは問題ではないのです。

本書は一般的な文芸書ではなく写真集ですので、B5判とやや大きいサイズです。本屋さんでも写真集のコーナーに置かれています。

実はこれが購入を躊躇ったひとつの要因で、星野道夫はすでに亡くなっている方ですから“新しく撮影した写真”というものは存在しようがありません。そしてこれまでに撮影された数々の写真はすでに何冊もの写真集として販売されています。

すでに立派な写真集がたくさん出版されているので、本書は過去の写真集を再構成した廉価版という位置づけになります(本書初公開の写真もありますが全体に比べればほんのわずかです)。であるならば、わざわざ購入するよりも過去の写真集を揃える方が先だという考えがあったのです。

そんなことを考え購入を渋っているうちに本書のことは忘れてしまっていたのですが、偶然にも図書館で再発見して本書を読むことが出来ました。そして冒頭にもあるとおり、本書を読んでみた最初の感想は、

『2500円は安すぎる』

というものでした。図書館で最後まで読まずに返却し、すぐさま本屋さんへ直行したくらいです。

星野道夫はその短い生涯の中でもいくつかのテーマを掲げ、数多くの写真やエッセイを残しました。そしてそれらはとても一冊の本に収まるような量ではなく、過去の写真集などでは数冊に分けて出版されています。例えば『星野道夫の仕事』というシリーズは以下の4冊があります。

これはこれで一冊一冊が充実していて納得のいく内容ですが、全冊揃えるとなると結構な金額になってしまいます。5000円×4冊ですね・・・・・・。しかも全集はこれ以外にもまだまだあるため、全部を読もうとすることは結構大変なことなのです。

さてそこで本書の登場ですが、本書の最大の特徴は星野道夫の生涯を網羅しているところにあります。そして写真集でありながらかなりの量の文章が掲載されていることも注目すべき点です。

星野道夫は写真家でありながら作家でもありました。上で紹介したような写真集が出版される一方、『星野道夫著作集』という文集まで出版されるという珍しい写真家です。

星野道夫のことを知るうえで写真と文章というのは共に欠かすことの出来ない要素です。しかしこれまでの著書を見てみると、これらが共に掲載され両立しているものは実はあまり多くありません。それこそ前述の写真集と文集のように分けられてすらいます。

例えば、『森と氷河と鯨』などは意識的に文章と写真の両立を狙った本だと思います。しかしこの本は『ワタリガラス』というテーマに絞った著作であって、生涯の出来事全てを語ったものではありません。しかし本書は、シシュマレフを訪れた大学生時代から、亡くなるその時までを順に追った内容となっています。

プロローグから始まって、本書は全5章で構成されています。

プロローグは大学生時代に訪れたシシュマレフのことが載っており、星野道夫が書いた例の手紙が載っているのが非常に興味深いです。

第1章は『生命の不思議』と題し、極北に生きる動物たちがメインとなっています。人の気配のない極北の大地を旅しながら撮影した数々の写真は、写真家としての星野道夫を形作った時代のものです。本書でも一番多くのページが割り当てられています。

第2章はアラスカで生きる人々がメインです。星野道夫の魅力は自然との出会いだけではなく、多くの魅力ある人々との出会いにあります。シリアとジニーやポイントホープ村の人々など、彼らとの出会いを通じてアラスカに生きるということを見つめ、やがてはアラスカに定住することになった星野道夫の人生へと繋がっていきます。タイトルは『アラスカに生きる』。

第3章は妻との出会いによって小さな自然へと目線が変わった時代です。『季節の色』と題し、多くの草花や風景がメインとなっています。それまではアラスカの広大な風景や動物たちの営みなど、大きなスケールでものを見ることが多かったのですが、少しずつ足元の小さな花や動物へも視線が変わっていったのです。

第4章は古い神話や伝説といったテーマを追っていた時代です。星野道夫はインディアンの古老のもとを訪れながらワタリガラスの伝説を追っていました。『森の声を聴く』と題されたこの時代は、今後の大きなテーマとなるものであり、新たな旅の始まりでもありました。

そして第5章は『新しい旅』の名の下、シベリアの旅がメインとなっています。ワタリガラスの伝説を追ってシベリアへと旅を続けていた星野道夫は、その道中ヒグマの事故によって帰らぬ人となりました。星野道夫の辿った最後の道が写真と日記で描き出されます。

さらに本書には、写真家の『今森光彦』、母親の『星野八千代』、妻の『星野直子』の3名のエッセイに加え、星野道夫の生涯を網羅した年譜まで掲載されています。この年譜には人生の主だった出来事だけでなく、全著作の情報まで掲載されています。

まさに至れり尽くせりの内容です。

本書は『星野道夫の仕事』シリーズに代表されるような全集に比べれば、確かに薄い内容ではあります。しかし、星野道夫の辿ってきた人生を写真と文章、さらには身近な人々のエッセイに年譜まで加えて一冊の本に仕上げたことには大きな意義があると思います。おそらく、星野道夫の生涯を“一冊”で“写真と文章共に”カバーしているものは本書が初めてではないでしょうか。

ここに私が抱いた、『2500円は安すぎる』という感想があるわけです。

さて、本書の内容自体は星野道夫を知る人にとっては真新しいものではありません。別の著書でもお馴染みの写真や文章がほとんどですので、懐かしさを感じながら読むことは出来ます。

しかし、星野道夫の著書は読むたびに新たな発見をもたらしてくれることが多いのも、私が星野道夫を好む理由の一つです。

本書には星野道夫が10代の頃から40代の頃までの写真が掲載されているわけですが、改めてこれらを一冊の本として最初から最後まで読んだときに、私はある強い印象を感じました。

それは、『星野道夫は最初から星野道夫として完成されていた』ということです。

こう書くと星野道夫が完璧超人のような印象になってしまいますが、そうではなく、写真の中に共通する空気が流れている印象を強く受けるのです。もちろん年代によって写真のテーマは変わり、被写体や構図の違い、あるいは技術の差という部分は感じます。

しかし、10代の頃の写真と40代の頃の写真を見比べても、どちらが若い頃の写真でどちらが年を取ってからの写真なのかわからないものがあるのです。私の目がぼんくらなのかもしれませんが、どちらの写真にも同じ空気が流れているのを感じてしまいます。

そしてそれは文章にも現れてきます。星野道夫の書くエッセイは多岐のテーマに渡り、書かれた年代も場所もバラバラです。しかし写真と同じような“空気”を感じます。

それらはつまるところ、星野道夫は常に同じものを見続けていたからではないでしょうか。私たちは写真や文章を通して星野道夫が見ていたものを知ることが出来ますが、残念ながらその全容を理解することは出来ないのだと思います。なぜなら私たちは星野道夫ではないからです。

しかし、星野道夫の残した写真や文章の中に何か心に訴えかけてくるような“空気”を感じることがあります。それが何であるのかを言葉に表すことは難しいものですが、決して忘れてはいけないようなものなのだと私は思っています。

私は本書『悠久の時を旅する』をかなり評価しています。完成度が高い本と言うのはこういう本のことを言うのだと思います。

星野道夫の死後、すでに20年弱が経過しています。

それでもなお、このような本が出版されることに星野道夫の残したもののすごさを改めて思い知らされ、今後も決して星野道夫の旅は終わらないのだと、私はそう強く感じました。