今でもあの日のことは覚えています。

少し寝坊したある休みの日のこと、日はすでに昇り朝ごはんには遅い時間、私は半分寝ぼけながらテレビをつけて朝食を食べていました。その日は図書館にでも行って何か本を借りようと、ぼんやり考えていたことを覚えています。

そのとき、たまたまテレビで星野道夫特集の再放送か何かをやっていたのです。

そこで星野道夫という一人の写真家のことを知りました。日本から遠く離れたアラスカという大地に暮らし、数々の写真を撮った一人の日本人です。

朝食を食べながらでしたし、番組は少ししか見ませんでした。今となっては番組の内容もあまり覚えていません。しかしその一人の写真家のことが印象的で、ほんのちょっと興味が沸いたことを覚えています。

目当ての本があったわけではなかったので、私は図書館で星野道夫の本を探してみました。そこで見つけたのは小さな写真集の「グリズリー」と、文庫本の「ノーザンライツ」でした。

これが私の星野道夫との出会いです。

そして、今のところ。そして、たぶんこれからもずっと。

星野道夫は私のもっとも好きな作家です。

まずは星野道夫について紹介しましょう。

詳細なプロフィールは星野道夫公式サイトのプロフィールページに載っています。こちらには写真もありますので是非)

星野道夫(ほしの みちお)は1952年に千葉県市川市で生まれました。

高校生のときに一人でアメリカを旅するなど、旅や自然というものに関心が高くそれはやがて極北への憧れとなっていきます。

そして大きな転機は大学生時代に訪れます。19歳のある日、神田の洋書専門店で一冊のアラスカの写真集に出会ったのでした。彼はこの写真集に強く惹かれていきます。その写真集に掲載されていた一枚の写真がどうしても心を捉えて離さなかったのです。

それはあるエスキモーの村を空撮した写真でした。こんな最果てのような土地にどのような人が住んでいるのかどうやって暮らしているのか、その疑問は彼を強く揺さぶったのでした。そして大学在籍中に単身アラスカへと渡り、写真集に載っていたエスキモーの村を実際に訪れます。

帰国後、大学を卒業して写真家の助手として就職するも2年で退職し、1978年にアラスカ大学の野生動物学部の入試を受けます。彼はアラスカという夢を追い続けたのです。

それから星野道夫のアラスカでの生活が始まりました。極北の大地を自らの足で歩いて写真を撮り、憧れを憧れで終わらせずに自らその中へと入っていくことで、アラスカという大地と向き合っていったのです。

そんな彼の撮影した写真やエッセイは国内外で評価を得ています。そして何よりも、彼の人柄が人々を惹きつけて止みませんでした。

ついにはアラスカに永住することを決意し、フェアバンクスの郊外に土地を買い、自分の家を建てたのでした。

1990年に第15回木村伊兵衛写真賞を受賞。1993年には結婚し、翌年には長男も生まれました。しかし、1996年8月8日。

TBSのテレビ番組「どうぶつ奇想天外!」の取材中、ロシアのカムチャッカ半島クリル湖でヒグマの事故にあい亡くなりました。享年43歳。

死後、妻の星野直子を中心に星野道夫事務所が設立されました。遺品の管理と共に全国各地で写真展などを企画し、死後もなお星野道夫の名は広まっています。

1999年に日本写真協会賞の特別賞を受賞。

2006年には文部科学省検定済教科書に掲載され、偉人の一人として紹介されています。

私は今でも星野道夫と出会えた日を感謝しています。

あの日を境に星野道夫の本をたくさん読みました。全部読みました。何度も読みました。そして間違いなく、私の中でもっとも好きな作家です。このブログでも少しずつ彼の著書を紹介していこうと思っています。

星野道夫の本を読んで感じたことは、とにかく文章が優しいということでした。文章が優しいというのは読みやすいという意味ではなく、心の中が暖かくなるとでも言いましょうか、心の奥に優しさが染み込む感覚です。

それまでに読んだどんな文章よりも星野道夫の文章は言葉を持っていました。私はこんなにもきれいでやさしくて、誠実な文章に出会ったことはなかったのです。

そこで、今回は著書の中で一番好きな「旅をする木」を紹介しようと思います。

この「旅をする木」は、雑誌「母の友」に1993年から1995年にかけて連載されたもので、それに加筆修正を加えて一冊の本にしたエッセイ集です。星野道夫が経験したことや日常の出来事などを友人に語るように文章が綴られていきます。

これは雑誌掲載のときに、読者に宛てた手紙という形で掲載されたことによります。ひとつひとつのエピソードの分量も数ページ程度なので読みやすく、まさに星野道夫からの手紙を読んでいるような気持ちになれる本です。

アラスカでの自身の経験や写真のこと、自然や歴史、そこに暮らす人々と扱うテーマは幅広く読んでいて飽きません。そして他の著書にも言えることなのですが、星野道夫の著書には本当に多くの友人が登場します。

それを象徴するものとして『アラスカに暮らす』というタイトルのエピソードがあります。妻がアラスカの星野道夫の家にやってきたときに、友人たちを招待してお披露目のパーティーをするというエピソードです。

次々と家に集まってくる友人たち、その数は100人近い人々となり、彼の小さな家の中は人々でいっぱいになるのでした。そして訪問した友人が、妻の直子にゆっくりと話しかける言葉があります。

日本からやって来た妻へは、誰もが励ましの言葉をかけていた。おそらく一八〇度の生活の転換に、皆が少なからず心配をしているのだろう。この土地の冬のきびしさ、都会の華やかさは何もない人々の暮らし。ぼくにとっても、アラスカに暮らす人々にとってもあたりまえの多くのことが、彼女にとっては初めて飲む水だからである。友人のカメラマン、キムが、まだ英語がよく理解できない彼女に向かって、ゆっくりと、さとすように話しかけていた。

「いいか、ナオコ、これがぼくの短いアドバイスだよ。寒いことが、人の気持ちを暖めるんだ。離れていることが、人と人とを近づけるんだ」

キムは、本当にゆっくりと、同じ言葉を二度繰り返した。じっと聞いていた妻が、ニコッと笑った。彼女はきっとアラスカでやってゆけるだろう。そんな気がした。

出典:『旅をする木』p.186,187

この言葉に星野道夫を取り巻く世界が凝縮されているのだと思います。-50度にもなる極寒の地で、人々は寄り添い暮らしています。寒さが人々を遠ざけるからこそ、人々はつながりを大事に日々を生きているのです。

星野道夫も例外ではなく彼の周りにはいつも誰かがいます。この本にも出てくる彼の友人たちは本当に暖かく愉快な人々です。しかしながら、皆が皆、幸福な人生を歩んでいるというわけでもありません。それぞれがそれぞれの問題や葛藤を抱えて生きています。

そしてそれに誠実に向き合う星野道夫の姿勢や言動には心を動かされます。

星野道夫の言葉には説得力があります。誠実さがあります。

読んでいて安心できる文章だと思うのですが、同時に不安にもなる文章です。なぜ不安になるのかというと、星野道夫の見る世界と自分の見る世界が全然違うからなのだと私は思います。

星野道夫の訴えかける言葉はとても大事なことだと感じました。しかし、そのことを私は今までの生活の中で考えたことも意識したこともありません。いえ、本当はわかっているはずなのに忘れているのでしょう。

それは自然と人の関わり方であったり、世界との関わり方、つまり“生きる”とは何なのかという問です。

とても大切なことのはずなのに、いざそのことを突きつけられると今の自分の姿がよく見えなくなってしまうのでした。果たして今の自分の姿は正しいのだろうか?

『カリブーのスープ』というエピソードの中で星野道夫はこう言います。

私たちが生きてゆくということは、誰を犠牲にして自分自身が生きのびるのかという、終わりのない日々の選択である。生命体の本質とは、他者を殺して食べることにあるからだ。近代社会の中では見えにくいその約束を、最もストレートに受止めなければならないのが狩猟民である。約束とは、言いかえれば血の匂いであり、悲しみという言葉に置換えてもよい。そして、その悲しみの中から生まれたものが古代からの神話なのだろう。

動物たちに対する償いと儀式を通し、その霊をなぐさめ、いつかまた戻ってきて、ふたたび犠牲になってくれることを祈るのだ。つまり、この世の掟であるその無言の悲しみに、もし私たちが耳をすますことができなければ、たとえ一生野山を歩きまわろうとも、机の上で考え続けても、人間と自然との関わりを本当に理解することはできないのではないだろうか。人はその土地に生きる他者の生命を奪い、その血を自分の中にとり入れることで、より深く大地と連なることができる。そしてその行為をやめたとき、人の心はその自然から本質的に離れてゆくのかもしれない。

出典:『旅をする木』p.199,200

アラスカという自然の中で生きる人々と深く関わることで、星野道夫は人と自然の関係、つながりを考えていきます。それは自然保護や動物愛護ということではなく、“生きる”という生命の本質的な部分です。

続く『ビーバーの民』のエピソードの中で、デイビッドという古老のインディアンの話を聞くシーンがあります。

「……人々は生きのびてゆくために、いつも動物たちを見つめて暮らしてきた。どの動物を狩って生きてきたかによって、人間も違ってきてしまった。オールドクロウ(年老いたワタリガラス)村のインディアンの動きはカリブーのようだった。それは人々が踊る時にすぐあらわれてくる。ユーコン川のインディアンは最も強い人々だ。急流に向かって泳ぐキングサーモンを食べてきたからな……私たちはビーバーの民だ。チャルキーツィックの村人の話し方がそっと静かなのに気がつかなかったか? ビーバーを食べて、ビーバーのように生きてきたからね……」

<中略>

村外れの丘から、どこまでも続く早春の原野が地平線まで見渡せた。未踏の大自然……ぼくが魅かれてきた、この土地のもつ手つかずの広がりが、今は少し違って見えた。たった一人の古老のインディアンに会ったことで風景が何かを語り始めていた。人が訪れたことがないと感じていた原野は、実はさまざまな人が通り過ぎていた。心地良い極北の風に吹かれながら、いつか読んだ本の一節を思い出していた。

「……すべての物質は化石であり、その昔は一度きりの昔ではない。風がすっぽり体をつかむ時、それは古い物語が吹いてきたのだと思えばいい。風こそは信じがたいほどやわらかい真の化石なのだから……」

出典:『旅をする木』p.205,207

大自然を夢見てやってきたアラスカにも、当たり前のように人々は暮らしていました。

手つかずの自然の広がりの中にも人々は生きていて、その大自然のごく一部でしかないということ。星野道夫は原野に暮らす人々と向かい合うことでそれを理解していきます。

陳腐な言葉ですが、私は世界観が変わりました。

それまで、自分の知る世界というのは本当に狭い意味の世界でしかありませんでした。

学校に行って、友達がいて、社会に出てみれば人がたくさんいて、家に帰ればテレビがあってパソコンがあって、お腹がすいたら冷蔵庫を漁って、眠くなったらベッドで寝る。そんなごく普通の世界です。

間違っても私の知るその世界にはインディアンなんて出てこないし、クマもカリブーも住んでいません。ブルーベリーの茂みなんてないし、一面のツンドラなんて想像したこともありません。

それがどれだけ寂しいことなのか、今はそう思います。

今こうしてパソコンに向かっている最中にも、この地球のどこかでカリブーを追いかけている人々がいること、クマがアラスカの大地を歩き回っていること、-50度の極寒の地でも人々が暖かく生きていること、そんな考えてみれば当たり前なことに気づかされたのです。

私が知りもしなかった、あるいは知っていても知らないふりをしていたことを星野道夫は教えてくれました。そしてそれは、口先でも理屈でもない、現実を経験してきた星野道夫の言葉だったからこそ、私の心に届いたのだと思います。

星野道夫の言葉には多くの人が耳を傾けるべきなのだと私は思います。決してきれいごとでは終わらない、ありのままの“生”がそこにはあります。

目をつぶりたくなることも、耳をふさぎたくなることも、時にはあります。しかしそれでも、夢をひたむきに追いかけて向かい合った一人の男の物語は、私を感動させました。本当に何度、この本を読んだだろうか。

この本に出会えたことは私の人生の中でのそう多くはない幸運の一つです。そして願わくば、私はもっと星野道夫の言葉が聞きたかった。そして出来れば会ってもみたかった。

しかし、残念ながらそれはすでに叶わぬ願いです。

別の著書なのですが、「間に合った」という星野道夫の言葉があります。アラスカの原野の中で数十万頭のカリブーの群れに出会ったとき、彼はこのような思いを感じたそうです。

ぼくはその時、「間に合った」という想いに満たされていたのだと思う。あらゆる伝説が消え、あらゆる神秘が目の前に引きずりだされた今、私たちにはもう新たな物語があまり残されてはいない。人間の気配がない、誰にも見られていない、太古の昔から静かに流れてきた壮大な自然のリズム。もう二十一世紀を迎えようとしているのに、時の流れに取り残されているかもしれぬそんな風景を遥かな極北の地に探していたのだった。

星野道夫はアラスカの自然にそれを見出しましたが、私はそれを星野道夫に対して感じています。

なぜなら、彼の著書を読んだことで忘れかけていた何かを取り戻せたと思ったからです。生きていた彼には間に合わなかったのかもしれません。でも、本に出会うことは出来ました。

私が生きているうちに星野道夫と出会えました。

「間に合った」

それがすごくうれしい。

星野道夫公式サイトはこちらから。

 → 星野道夫公式サイト

また、「旅をする木」には文庫版もあります。アマゾンのページでは少しだけ中身が読めますので是非。