本書【明日の子供たち】は2014年の8月に発売した有川浩の小説です。

児童養護施設を舞台にしたフィクション小説で、新人の職員【三田村慎平】が施設にやってきたところから物語は始まります。慎平の目を通して児童養護施設で暮らす子供たちや働く職員たちの様子が描かれ、施設を取り巻く様々なことが一連の物語として紡がれます。

フィクション小説でありながらも、さながらノンフィクションであるかのような現実的描写はさすがの有川作品です。綿密な取材や下調べを欠かすこと無く書かれたのだろうと思いますが、例えそう感じたところで私は児童養護施設の現実を知っているわけではありませんので、それはただの思い込みに過ぎないのかもしれません。

本書は面白い物語です。登場するキャラクターは魅力的で、ストーリー展開も分かりやすく実に読みやすいです。しかしながら私が本書を読んで感じたことは物語の面白さ以上に、児童養護施設について何も知らないという自分の無知さ加減でした。

私は児童養護施設について何も知りません。今ままで知ろうともしませんでした。だからこそこの物語に現実味を感じると同時に、本当にこれが現実なのだろうかと疑わねばなりません。想像だけで知ったつもりになってはいけないのです。

それでは有川浩の小説【明日の子供たち】の紹介と読んだ感想を書いていこうと思います。

あらすじ

三田村慎平は大学卒業後に営業職として就職するも、テレビで児童養護施設のドキュメンタリー番組を視聴したことをきっかけに転職を決意します。そしてある晴れた秋の日、90人の子供たちが暮らす児童養護施設【あしたの家】へとやってきました。

夢や理想、そして希望を持って転職した慎平でしたが仕事の初日にいきなり迂闊なことをしてしまい職員の和泉先生に叱られてしまいます。さらに事前研修では岡崎先生の補佐に入り指導を受ける予定でしたが、突然に岡崎先生が仕事を辞めたことを知らされ、和泉先生が慎平の指導職員に就くことになってしまいました。

勤務初日からつまずきかける慎平でしたが、施設で暮らす子供たちの中でも問題のない子供である高校生の谷村奏子に出会い、【慎平ちゃん】とあだ名をつけてもらいました。奏子のおかげで次第に慎平は持ち前の明るさも手伝って施設の子供たちに馴染んでいきます。

そして施設にやってきて三週間も経つ頃、慎平には一つの悩みがありました。子供たちは自分のことを慎平ちゃんと呼んで親しくしてくれるのに対し、奏子は頑なに三田村先生と他人行儀な呼び方を続け、どこか一線を引いた付き合いをするのでした。しかし表面上は親切な態度を見せる奏子に対して、慎平はどうすればいいのか分かりません……。

児童養護施設

本書の舞台は児童養護施設です。施設に暮らす子供たちや働く職員たち、そして施設を取り巻く環境や社会的な面も含め、描かれるテーマは多岐に渡ります。心理的な面を描いたヒューマンドラマはもちろんのこと、施設が抱える様々な問題にも目を向けた社会的小説とも言えるでしょう。

じゃあ私が児童養護施設に興味があったのかというとそんなことは一切なく、単に有川作品が好きだから購読したに過ぎません。知らない世界のことを知る機会が出来たという意味では素敵なことだったと思います。ただしその分、今まで何も知らなかったということも重く感じてしまいました。

世間一般的に児童養護施設というのは保護者を亡くした子供や親に捨てられた子供たちが入居する施設だと理解されていると思います。特殊な事情で親のいないかわいそうな子供たちが暮らすところ、そんな印象でしょうか。少なくとも本書を読む前の私はそう思っていましたし、それ自体は間違いではないと思います。ただ、そこから先のことは何も知りませんでした。

施設の中でどんな暮らしをしているのか、どんな子供たちが居て、どんなことを考えているのか、職員たちはどんな仕事をしているのか、成長して大人になったら子供たちはどうなるのか、そういった現実的な部分は知る機会がありませんでしたし、知ろうとも考えませんでした。

そして、今この社会に暮らす多くの人々が私と同じ様な理解をしているのではないでしょうか。それがどういう意味を為すのか、本書の物語の意義はそこにあります。

かわいそうな子供たち

主人公の三田村慎平は児童養護施設のドキュメンタリー番組を見たことで心を動かされ、施設職員に転職することを決意します。しかしその動機は単純で、【かわいそうな子供の支えになりたい】というものでした。

慎平は考えるよりも言葉や行動に出てしまうタイプです。施設の子供たちからもあまり大人扱いされないのですが、感情に突き動かされて転職をするほどに行動力だけはあります。しかし、谷村奏子はそれが気に入りません。

奏子は皆からカナちゃんと呼ばれ慕われる女の子で、施設の中でもっともしっかりとした優等生的な高校生です。慎平が職員になって始めて出会った子供でもあり、彼に慎平ちゃんというあだ名をつけてくれたのもカナでした。表向きは親切で丁寧に接するカナですが、どこか一線を引いた態度を慎平に取り続けます。

物語の序盤は新人職員の慎平の奮闘が描かれる中でカナとの関係性が問題になっていきます。なぜか自分との間に壁を築いたカナに対して慎平はどうすればいいのか分からず、そして互いにぶつかってしまいます。

自分が嫌われる理由を正面から尋ねる慎平に対し、カナは次第に苛立ち冷たく言い放ちます。「偽善者は嫌いなの」だと。

 素直な感想を分かち合いたくて訴えた。

 俺もあんなふうにかわいそうな子供の支えになれたらなぁって。----それは奏子の耳にはどう響いたのか。

 こう響いたのだと遅ればせながら思い知る。

「施設のこと知りもしない奴に、どうしてかわいそうなんて哀れまれなきゃいけないの!? ----どうして、」

 奏子が言葉を切った。言葉が見つからないのではなく、言葉が溢れすぎて却ってつっかえたのだと分かった。

「かわいそうな子供に優しくしたいって自己満足にわたしたちが付き合わなきゃいけないの!? わたしたちはここで普通に暮らしているだけなのに! わたしたちにとって、施設がどういう場所かも知らないくせに!」

出典:【明日の子供たち】p.71~72

施設にやってきた最初の日、カナに転職の動機を尋ねられた慎平はこう答えました「かわいそうな子供の支えになれたらなぁって」。この一言がカナとの間に大きな壁を作ってしまったのです。慎平にとって施設の子供たちは親を亡くしたりあるいは親によって捨てられたかわいそうな子供たちでしたが、カナにとって施設は自分を救ってくれた希望であり、毎日の生活を幸せに送る大切な家だったのです。

序盤の慎平はある意味で世間一般の人々と、そして私と同じ側の人間です。施設について無知でドキュメンタリーで描かれたような上辺のことしか知りません。それは勝手な思い込みであり、こうであって欲しい、こうであるべきだと言うような願望に過ぎません。そのことをカナによって痛烈に批判され、慎平は行いを反省し考えを改めます。

カナとぶつかったことをきっかけに慎平の仕事に対する姿勢は変わっていきます。そしてそれはおそらく読者にとってもそうではないでしょうか。施設の子供のことをかわいそうだと思うことは個人の自由かもしれませんが、その感情が子供たちにとって一体どのような意味を持つのか、今一度考えてみるべきなのかもしれません。

【明日の子供たち】を読んだ感想

慎平は無知であったが為にカナとの確執が生まれてしまいました。しかし慎平は決して嫌な人ではありませんでしたし、簡単に諦めるような人でもなかったのでカナとも無事仲直りすることが出来ます。バカで無知であったかもしれませんが、転職してまで児童養護施設に関わろうとした慎平の覚悟は本物でした。

物語が進む中で施設に関わる様々な問題に慎平は直面していきます。もちろん慎平にとっては知らないことや戸惑うことばかりですが、それは決して慎平だけに限らず多くの読者にとっても同じことではないかと思います。子供たちの学校のこと、進路のこと、職員たちの気苦労や責任、当事者活動や行政のことなど、本当に私にとっては知らないことだらけでした。

この【私は何も知らない】ということを本書を読んでいて何度も感じたように思います。別に私は全知全能の神様でも何でもないので世の中知らないことだらけですが、児童養護施設に関しては様々なニュースや物語などから断片的に情報が入ってくるので【中途半端に知っている】ということが感情に拍車をかけているように思われます。

慎平が見たドキュメンタリーのように何かしらと私たちの目には児童養護施設というものが飛び込んできます。ですから何となくどんな場所であるかくらいは知っているのですが、そこから先を知っている人はほんの一握りに過ぎないのでしょう。中途半端に知ってしまうから知ったつもりになって満足してしまいます。

本書はあくまでフィクションですが、著者の綿密な下調べに基づいた児童養護施設の姿が描かれています。私が知る由もなかった、また知ろうともしなかった背景が描かれています。そしてそれは世間一般で見られるような、【かわいそうな子供たち】という姿からはだいぶかけ離れたものでした。悲壮感や苦しみよりも、子供たちの希望や未来がこの物語には描かれています。

問題が全くないわけではありません。むしろ問題だらけだと思います。しかし、それを最初の頃の慎平のようにただ外から眺めただけでは何も解決出来ず、中に飛び込んで当事者たちを知ることが大事なのだと本書を読んで私は感じました。少なくともこの物語を読む前と後では児童養護施設に対する、感情や関心は全く別のものになったように思います。

また、本書の中で最も印象深かったのはヒサが施設長の福原先生に【なぜ自分に読書を勧めたのか?】という質問をしたシーンでした。ヒサは幼い頃に両親から暴行を受けて強制保護された子です。施設にやってきた頃はいつもぼーっとしていた何もしない子で、職員たちは大いに心配をしていました。そんな中、福原先生はヒサに本を読むことを教え、本を与えました。次第にヒサは成長して読書好きの立派な好青年になるのですが、ふと図書館からの帰り道に福原先生に会い、上記の質問を投げかけます。

福原先生がどんな回答をしたのか、それは是非本書を読んでみてください。私は福原先生の想いにすごく共感していますし、常日頃同じことを思っています。大丈夫、ヒサもカナも絶対大丈夫。

この一冊の本もきっと、大事な大事な一冊になるのだと私は思います。