私の中で星野道夫は最も尊敬する人物であり、最も大好きな作家でもあります。

なぜこうも星野道夫に惹かれるのか、今でも時々考えてしまいます。

一番の理由は、やはり文章が持つ独特のリズムや優しさだろうと思います。色々な本を読んできましたが、星野道夫ほどに惚れ込んだ文章というものは他にありません。まるで魔法にでもかけられたかのように彼の描く文章の世界に夢中になりました。

では、なぜ星野道夫の文章がこうも心地良いのかと問われると言葉に詰まってしまいます。

以前、『旅をする木』を紹介したときに、私は“生”をキーワードに上げています。星野道夫の周りにはありのままの生が満ちていると。

しかし、色々と考えてはみるもののなんだかしっくりとした答えが出せぬまま、最近になって“生”ではなく“死”なのだろうと思い始めました。

星野道夫の見つめてきたものは、二項対立的な生と死という単純なものではなく、循環する生と死の関係性です。生を考えるときには常に死がよぎり、死を考えるときにも生がよぎる、常に隣り合わせに存在する感覚です。

星野道夫はその長い旅の途上で様々な生と死を見つめてきました。

本書はそんな星野道夫の死後に発表された、遺稿集です。

 

本書『長い旅の途上』は、1999年に発売された星野道夫の遺稿集です。

それまでの著書に掲載されていなかった文章で構成され、その大部分は雑誌に掲載されていた短めのエッセイとなっています。そのため他の著書に比べてひとつひとつのエピソードがかなり短く、10ページを超えるようなものはありません。

また遺稿集ですので、当然ながら星野道夫本人による文章の修正がなされていません。雑誌では文字数制限もかなりありますし推敲にも時間が限られるでしょう。それまでの著書では長い文章を多く書く星野道夫でしたから、本書はやや異質な感じを受けます。

他の著書に比べ、若干読みづらい点や物足りない点があることは否めないと思います。星野道夫を知らない人にとってはやや読みづらいと感じるかもしれません。その点において、すでに星野道夫の著書を読んだことがある人向けの本とも言えるでしょう。

本書のタイトルは『長い旅の途上』です。

一見すると、人生という長い旅の途上に43歳という若さで亡くなったことへの深い悲しみが込められているようにも感じます。しかし私はこの本を読み、そして何度も読み返す中で、星野道夫の長い旅は本当に終わってしまったのだろうかといつも考えてしまいます。

私には、星野道夫の旅が死によって終わってしまったとは思えないのです。

『長い旅の途上』という言葉は、“ある親子の再生”というエッセイの中で登場します。南東アラスカを旅する星野道夫は、クリンギットインディアンの古老であるエスターとその息子のウィリーと出会います。そのときのエピソードです。

80歳になるエスターはアメリカの同化政策によって、クリンギット族の言語や習慣を強制的に排除されて育ちました。故郷から遠く離れた寄宿学校に入れられ、故郷の言葉を話せば体罰が加えられました。この時代に多くのアラスカ原住民の文化や言語が消えていき、多くの人々に深い傷を残したのです。

しかし時代は変わり、彼女は村の小学校でクリンギット語や古いしきたりを子どもたちに教えています。

子どもたちの前に立ったとき、私は怖くて仕方がなかった。心の中にクリンギット語をしまい、しっかりと鍵をかけてから四十年が過ぎていた。・・・・・・本当に言葉が出てくるのか・・・・・・

 村の人々に尊敬されているエスターを星野道夫はこう評します。

彼女が人々に敬われているのは、暖かい人間性や、古いしきたりを知っているからだけではない。長い旅をへてしっかりと元の場所に帰って来た彼女の人生を、クリンギット族の人々はひとつの道しるべとして、自分自身の人生と重ね合わせているのかもしれない。

そしてエスターの息子であるウィリーは、ベトナム戦争の帰還兵でした。

ベトナム戦争では5万人を超える米兵の死者が出ましたが、戦後、戦死者の実に3倍にあたる15万人の兵士が自殺をしています。ウィリーも精神に破綻をきたし自殺を図りますが、7歳の息子に救われることになります。

ウィリーは長い心の旅をへて、クリンギットインディアンの血を取り戻そうとしている。そして今も心を病むベトナム帰還兵のインディアンの同胞を訪ね、その痛みに耳を傾けていた。それだけでなく、監獄にいるインディアンの若者たちを訪ねては再生への道を共に歩いている。それは戦後荒れていった彼自身がたどった道でもあった。

そして星野道夫は彼らの中に何かを見出し、こう続けます。

母親のエスターも、息子のウィリーも、時代を超えて、同じ旅をしているのだと思った。きっと、人はいつも、それぞれの光を捜し求める長い旅の途上なのだ。

ここで本書のタイトル『長い旅の途上』という言葉が出てきます。

ここで星野道夫の言う“旅”とは、『遠くへ旅をした』と言うような物理的なものではありません。では『人生は苦難の旅』と言うような精神的なものかというと、それも違うような気がします。

エスターもウィリーも決して望んで過酷な人生を送ってきたわけではありません。もっと楽な旅も出来たはずです。しかしそうはならなかったし、自分の意思でどうにかなるような旅ではありませんでした。それでも彼らは光を求めて旅をしています。

星野道夫の言う旅には生きるもの全てが背負う宿命的なものを感じます。

誰もが人生の中で旅をし、人の数だけ捜し求める光があると星野道夫は言います。その旅とは決意して始めるようなものではなく、生を受けたその瞬間に始まっている旅なのだと私は思います。

そして旅をしているのは決して人間だけではありません。

そのことを強く感じさせるエピソードとして、本書の最後の方にインディアンのポトラッチに参加したときのエッセイがあります。ポトラッチとは人が死んで1年が経過したときに、死者の魂を祝福するために開かれる御霊おくりの儀式です。狩猟民であるインディアンたちはこの日のために土地の食べ物を集め、皆で盛大に死者の魂を送り出すのです。

星野道夫はこのポトラッチに参加し、人や動物たちの生と死について思いを馳せます。

人々は食べ、踊り、死者を語った。小屋の中は熱気に満ち、死者への悲しみは不思議な明るさへと昇華されてゆく。

生きる者と死す者、有機物と無機物、その境は一体どこにあるのだろう。スープをすすれば、極北の森に生きたムースの体は、僕の中にゆっくりとしみ込んでゆく。その時、僕はムースになる。そして、ムースは人になる。

 ここに出てくる『その時、僕はムースになる。そして、ムースは人になる。』という言葉は、星野道夫の文章に度々出てくるものです。このポトラッチの儀式を通じて星野道夫は何を感じたのでしょうか。

ムースというのは極北に生息する巨大な鹿のことで、この土地で暮らす人々にとっては馴染み深い食料です。特に狩猟生活を営んでいるインディアンの人々にとっては大事な食料であり、ポトラッチのような場では神聖な食べ物として重宝されます。

ムースは人に狩られ食べられます。死によってムースの旅は終わってしまうのかというと、星野道夫はそのムースを自身が食することにより、『ムースは人になる』と言います。

ここまでは分かります。我々は他者を食べることによって命を繋いでいます。そのことを意識することは現代では少ないのかもしれませんが、それでも食事のときには感謝の祈りをささげています。

でも、星野道夫は『僕はムースになる』とも言うのです。

星野道夫は人とムースを同じものとして扱っています。そこにあるのは人とムースという種の違いではなく、共に生と死の関係性の中で生きている、同じ生物としての共通項です。

長い旅の途上で人に食べられたムースは、人となって新たな旅を始めます。やがては人も長い旅の途上で土へと還り、新たなものへと旅は続く。そうやって何か大きなものの中で人もムースも長い旅を続けているということ、それこそが星野道夫が見続けた生と死という途方もなく長い旅なのだと思います。

本書に限らず、星野道夫の著書には数多くの生と死が登場します。しかし星野道夫を知る人間にとっては、本書こそが最も生と死を感じる本ではないでしょうか。この本には星野道夫が見続けた景色に加えて、彼自身の生と死が色濃く流れています。

この本を開くと、もう星野道夫の新しい物語を読むことが出来ないのかと悲しい気持ちになります。しかし、この本の最初のエピソードは彼の生まれたばかりの息子のことから始まるのです。星野道夫の死を悲しみながらも、新たな生の輝きを感じてなんだかうれしくなってしまいます。遺稿集という性格上、どうしても本の中に暗さを感じてしまいがちなのですが、本書はなんだかきらきらと輝いて見えてしまうのです。

下記のリンクはアマゾンの商品リンクですがそこに本書の試し読みがあります。一番最初のエッセイが試し読みできるので、是非読んでみてください。

本書には文庫版もあります。

星野道夫はシベリアでクマに襲われて亡くなりました。しかしそれで星野道夫の旅が終わったとは私は思いません。現に今、星野道夫の言葉は旅を続けて私のところにやってきました。そしてこれからも。

私もまたどこかで繋がり、長い旅の途上を歩いているのだと思います。