プーは世界的にも人気を誇る作品ですが、原作者による小説はたったの2冊しかありません。(プーが登場する詩集が2冊あり計4冊がプーものと呼ばれています)

これには明確な理由があります。

一つは作者であるA.A.ミルンが児童文学から手を引こうと決心していたからです。

元々ミルンは児童文学の作家ではありませんでした。雑誌や劇作、ミステリーなどの一般小説家として活躍しており、子供が生まれたことで新しい挑戦として児童文学を手がけたに過ぎないのです。しかしプーの物語が人気になったことで、劇作家や小説家ではなくて児童文学作家と世間からは見られるようになります。

ミルンは多才な作家でしたから、新たな挑戦のためにも児童文学を書くことをやめたのでした。

そしてもう一つの理由が息子のクリストファー・ミルンのことでした。

プーの物語が有名になったことで、クリストファー・ロビンのモデルである息子のクリストファー・ミルンも一躍有名になりました。息子はどこへ行ってもクリストファー・ロビンとして扱われ、そこにプライバシーはありませんでした。マスコミは彼を取材し、学校へ行けば物語のことで揶揄されます。プーの物語が息子に悪影響を与えていると思ったミルンはこれ以上新しい物語を書くことができなくなってしまったのです。そしてこのことは後々の二人の人生に暗い影を落とすことにもなります。

これらの理由からミルンは今作でプーの物語は最後になることを事前に決めていました。それは物語の冒頭にも示されていて、どれだけ強い決意だったのかを窺い知ることができます。

今回の紹介ではその冒頭部分と、物語の最後の部分を中心に紹介しようと思います。

「The House at Pooh Corner」は1928年に発売されました。表題は第1章からのもので、プーの家の近くにイーヨーの新しい家が建ったところからきています。

今作も前作同様、森に住むプーやクリストファー・ロビンたちののんびりとした心温まる物語となっています。また今作からはディズニーでもおなじみの「Tigger(ティガー)」が登場し、有名な「Poohsticks(プー棒投げ)」も登場することからプーものの中でも特に人気のある一冊です。

さて、さっそく中身を見ていくのですが読み始めるとすぐに違和感を感じる部分があります。

物語の最初には導入となる「序文」や「前書き」、あるいは「最初に」といったものがあるのが普通です。前作の「Winnie-the-Pooh」には「Introduction(序文)」があり、プーの名前の由来や物語の導入部分となる文章がありました。

しかし今作は「Contradiction」から始まります。

Contradiction

辞書を引いてみるとこう書いてあります。矛盾、矛盾した行動、反対、否定。

ではなにが矛盾なのでしょうか、実際に冒頭部分を読んでみましょう。

An Introduction is to introduce people, but Christopher Robin and his friends, who have already been introduced to you, are now going to say Good-bye. So this is the opposite. When we asked Pooh what the opposite of an Introduction was, he said “The what of a what?” which didn’t help us as much as we had hoped, but luckily Owl kept his head and told us that the Opposite of an Introduction, my dear Pooh, was a Contradiction; and, he is very good at long words, I am sure that that’s what it is.

出典:『The House at Pooh Corner』contradiction

序文は登場人物を紹介するものですが、すでに(前作で)紹介されたクリストファー・ロビンとその友達たちは今、“さようなら”を言おうとしています。これでは紹介と反対のことです。

そこでプーに「Introduction」の反対は何か尋ねてみるのですが、あまり賢くないプーはよくわかりません。オウルはどうやら知っているようでプーに長々と説明するのですが、やはりあまり賢くないプーはオウルの長い話を理解出来ません。

序文というのは物語の始まりのことです。しかしミルンは序文で物語の終わりを読者に示し、別れのときが来ることを述べてしまいます。だから「Contradiction」、矛盾しているというわけなのです。

これは一種の言葉遊びで、通常「あとがき」には「Conclusion」という単語が使われます。それと物語の最初に「あとがき」を持ってくるという矛盾とかけて、似た単語である「Contradiction」を使っているのです。

読者は新しいプーの物語が読めるとわくわくして本を開きます。しかしいきなり終わりが示されることで、自分のはやる気持ちと物語に温度差を感じてしまいます。冷静になれるとでも言いましょうか、終わりが分かってしまったからこそ続きの物語を落ち着いて読むことが出来ました。

さて物語自体は前作同様、森には平和で静かな時が流れていきます。しかし読み進めるごとに終わりが見えてきてなんとも言えない雰囲気が物語全体に溢れているように感じました。

その理由の一つがクリストファー・ロビンの出番の少なさだと思います。

前作ではパーティーを開いたり北極を探しに行ったりと活躍の多かったクリストファー・ロビンですが、今作での出番は少なめです。そしてその理由は第5章で明かされます。

ある日のこと、クリストファー・ロビンの家の扉に張り紙が貼ってあります。しかし森の動物たちはちゃんと文字が読めません。しかも張り紙の文字も間違っていたという二重の間違いと勘違いが発生してしまい、あることないことで皆が大騒ぎします。

これが第5章の内容なのですが、この物語の何が重要かというとここでクリストファー・ロビンが普段何をしているのか、なぜ出番が少ないのかが判明するのです。

彼は学校に行っているのです。

このストーリーから彼が成長していることが分かります。でもその一方で皆との接点が減っていくというわけなのです。そして物語の冒頭で“終わり”がすでに示されているために、この辺りから別れのときが訪れるということを強く意識せざるを得ません。唯一の人間であるクリストファー・ロビンと森の動物たちの違いが鮮明になり始めるのです。

そして最終章で終に彼と動物たちの別れの時がきます。

森の皆はクリストファー・ロビンがどこかへ行ってしまうことを感じ取っていて、どうすればいいのか集まって会議を開きます。そしてイーヨーが別れの詩を作り、決議文に皆がサインをしてクリストファー・ロビンに渡すことにしました。いわゆる寄せ書きですね。

“決議文”に署名する森の動物たち。152,153ページより

“決議文”に署名する森の動物たち。152,153ページより

そして皆でクリストファー・ロビンの家に行き決議文を渡します。

ここで注目すべきは皆を代表するのはイーヨーという点だと思います。イーヨーは多くを語らずに、ここに皆が集まった理由を述べて決議文を手渡します。そして森の皆へと振り返りこう言うのです。

Can’t you see that Christopher Robin wants to be alone? I’m going.

出典:『The House at Pooh Corner』p.156

決議文をクリストファー・ロビンに渡す役目はイーヨーが担い、説明するのもイーヨーただ一人です。クリストファー・ロビンとの別れのシーンであるにも関わらず、イーヨー以外の皆は一言も会話をしません

決議文には皆が伝えることは書いてありますが、それでも一言も言わずに別れを告げるというのはどんな思いでしょうか。本当だったら皆クリストファー・ロビンに何かを言いたいのではないでしょうか。しかしイーヨーはそれを許さないのです。

クリストファー・ロビンは一人になりたいのが分からないのか? ワタシは行くよ。

イーヨーは陰気ですが決して馬鹿ではないし、誕生日のストーリーからも分かるように人の気持ちを汲み取ることの出来る親切で優しい性格です。ただ不器用なだけなんですけどね。

決議文には皆が心を込めてサインをしました。だからこそ余計な別れの言葉は必要ないし、クリストファー・ロビンが決議文を読むことを邪魔してはいけないとイーヨーは思ったのでしょう。別れの言葉を言うでもなくその場を去り、皆も一人ひとりその場を去って行きます。そこに別れの言葉は一切ありません。

この役目を担うのにイーヨーほど適任なキャラクターはいないでしょう。私はますますイーヨーが好きになりました。

クリストファー・ロビンに別れを告げにきた皆。でもそこに別れの言葉はない。154,155ページより

クリストファー・ロビンに別れを告げにきた皆。でもそこに別れの言葉はない。154,155ページより

そして決議文を読み終えたクリストファー・ロビンが顔を上げると、目の前にはプーだけが残っていました

やはりプーと言うべきか、これがプーと言うべきか!

プーだけはここまでの物語の流れがよく分かっていないのでした。なぜ皆が去っていったのか、なぜクリストファー・ロビンが森を去るのか。さすがはおバカなクマさん。

クリストファー・ロビンはプーを連れて歩き始めます。どこへ行くのかと尋ねるプーに対して「Nowhere(どこでもないさ)」と答え、二人は歩き続けます。そしてクリストファー・ロビンはプーに尋ねます。

“What do you like doing best in the world, Pooh?”

出典:『The House at Pooh Corner』p.157

プーはしばらく考えてこう答えます。

“What I like best in the whole world is Me and Piglet going to see You, and You saying ‘What about a little something?’ and Me saying, ‘Well, I shouldn’t mind a little something, should you, Piglet,’ and it being a hummy sort of day outside, and birds singing.”

出典:『The House at Pooh Corner』p.157

これに対するクリストファー・ロビンの返答はこうです。

“I like that too,” said Christopher Robin, “but what I like doing best is Nothing.”

出典:『The House at Pooh Corner』p.157

それから二人は「Galleons Lap(ギャレオンくぼ地)」へと向かいます。

ここで初めて「Galleons Lap」という地名が出てきます。今までは「100 AKER WOOD」や「BEE TREE」など、具体的な名前ではなく、何かを象徴するような地名がほとんどでした。また、巻頭には地図が付いているのですがこの中に「Galleons Lap」という名前はありません。

このギャレオンくぼ地こそ、物語の森と現実世界の狭間に他なりません。

このくぼ地を超えると、そこはもう現実世界です。

物語のモデルとなった森には「Gills Lap(ギルズくぼ地)」と呼ばれる場所があります。「Galleons Lap」は「Gills Lap」をプーの物語の側から見た地名なのではないでしょうか。このくぼ地は物語と現実という二重の性格を帯びているように感じられます。

それを示唆するかのように、このくぼ地でクリストファー・ロビンは自分が学校で何を学んでいるのかをプーに話します。王様のこと、騎士のこと、ヨーロッパのこと、ブラジルのこと、それらは全て“現実世界”のことです。プーは今まで聞いたこともない話に夢中になり、中でも騎士の話に興味を示します。そしてこう尋ねるのです。

“Could a Bear be one?”

出典:『The House at Pooh Corner』p.161

クマでも騎士になれるかな?

プーに叙勲するクリストファー・ロビン。162ページより

プーに叙勲するクリストファー・ロビン。162ページより

クリストファー・ロビンは木の枝を剣に見立てて叙勲し、プーを騎士にしてあげます。なんとも微笑ましいシーンですが、一連の会話の中でプーも薄々と別れのときが来ていることを理解していたと私は思います。一言一言、大事に噛みしめるように交わされる二人の会話はとても神聖なもののような雰囲気すら感じさせ、心が切なくなります。

そして二人の最後の会話が始まります。

“Pooh!”

“Yes?” said Pooh.

“When I’m – when – Pooh!”

“Yes, Christopher Robin?”

“I’m not going to do Nothing any more.”

“Never again?”

“Well, not so much. They don’t let you.”

Pooh waited for him to go on, but he was silent again.

“Yes, Christopher Robin?” said Pooh helpfully.

“Pooh, when I’m – you know – when I’m not doing Nothing, will you come up here sometimes?”

“Just Me?”

“Yes, Pooh.”

“Will you be here too?”

“Yes, Pooh, I will be really. I promise I will be, Pooh.”

“That’s good,” said Pooh.

“Pooh, promise you won’t forget about me, ever. Not even when I’m a hundred.”

Pooh thought for a little.

“How old shall I be then?”

“Ninety-nine.”

Pooh nodded.

“I promise,” he said.

出典:『The House at Pooh Corner』p.162,163

クリストファー・ロビンは森を去らねばならない理由をこう言います。

“I’m not going to do Nothing any more.”

これが少し前の会話の続きです。クリストファー・ロビンは一番好きなことは「何もしないこと」だと言いました。

「何もしない」ということが出来なくなった。

「何もしない」ということはどういう意味なのでしょうか。クリストファー・ロビンはこう説明していました。

“Well, it’s when people call out at you just as you’re going off to do it, ‘What are you going to do, Christopher Robin?’ and you say ‘Oh, nothing,’ and then you go and do it.”

出典:『The House at Pooh Corner』p.157

これは彼が子供から大人へと成長している証です。

友達に「今何をしているの?」と尋ねられ「いいや、何も」と答えて遊びに出かける、そんな子供時代はもう過ぎ去り学校に通わなくてはいけません。家に帰れば宿題もしなければいけませんし、家族の手伝いもするでしょう。そしてやがては仕事をしなくてはいけません。

だからクリストファー・ロビンは「何もしない」ことが出来なくなったから森を去らねばならないと説明するのです。

しかし大人になったからといって「何もしない」ことが出来なくなるわけではありません。だからこそ、クリストファー・ロビンはまた会う約束をプーとします。

「100歳になってても覚えててくれるかな?」との問いに、「そのときボクは何歳かな?」と答えるプーがすごく愛おしいです。そしてプーの物語は次の文章で締めくくられます。

So they went off together. But wherever they go, and whatever happens to them on the way, in that enchanted place on the top of the Forest a little boy and his Bear will always be playing.

出典:『The House at Pooh Corner』p.164

プーの物語から100年近く経つ今日、魔法の森の中で彼らは今も遊び続けているのでしょうか。

プーの物語、「Winnie-the-Pooh」と「The House at Pooh Corner」の2冊を読んでみたわけですが、この2冊を読んでみて本当に良かったと思っています。それまで私の中にはディズニー・プーのイメージしかありませんでした。クラシック・プーを知り、原作を読んだことでプーの物語のもつ味わい深さを実感することが出来ました。

プーは決して教訓的な物語ではありません。魔法の森の中で平和に静かにそして楽しく暮らすプーたちは微笑ましく、そこは幸せな空間です。しかしそれは決して特別な空間ではなく、多くの人々がかつて経験し暮らした空間に過ぎないのです。

でも、クリストファー・ロビンのようにいつかは分かれるときがやってきます。それが子供から大人への成長の証であると同時に、避けることのできない物語です。

プーの物語の本質部分はそこにあると私は思います。

かつては誰しもプーやピグレットのように些細なことでも喜び、幸せを感じることが出来ました。イーヨーのようにうじうじもしました。ティガーのように暴れまわったこともあるし、オウルのように得意気になることもありました。

しかし、やはり“しかし”なのでしょうが、成長するにつれてそういった感覚はなくなっていきます。クリストファー・ロビンのように「何もしないで」いることが出来なくなってしまうのです。それは社会的立場として「何もしないで」いることが出来ないということだけではなく、精神的にも純粋ではいられないということなんだろうと思います。

プーの物語は子供の物語です。登場人物たちは純粋で気持ちのいい子供たちで、魔法の森はただただ幸せな空間です。

だからこそ大人がこれを読むと堪えるものがあるのだと思います。かつての自分と今の自分の姿が鮮明に映し出されてしまうからです。そしてそれはいつの時代でも、また国境すら越えて人々の心に突き刺さります。

それが今日においても「Winnie-the-Pooh」が古典足り得て、世界中で人気を誇る理由です