本書はイギリスの小説家『アレックス・シアラー (Alex Shearer)』の小説作品『This is the Life』の翻訳本です。翻訳者は金原瑞人中村浩美で、2014年の3月に発売されました。

アレックス・シアラーは日本国内においては児童文学作家として有名だと思います。『青空のむこう』や『チョコレート・アンダーグラウンド』などはベストセラーにもなりましたし、私も大好きでよく読みました。しかし、私の中でシアラーの本当に面白い作品というのは、『スノードーム』や『世界でたったひとりの子』に代表されるようなシリアスで大人向けのものだと思っています。

これまでのシアラー作品に代表されるような空想世界や魔法などの要素は本書には全く登場しません。シアラーが実際に体験した出来事が小説を書くきっかけになっていて、内容はどこまでも現実的です。

その意味で、本書『This is the Life』は私にとっては待ちに待った内容の小説と言えるかもしれません。シアラーの描くこういう物語が私は読みたかったのです。

そして実際に読み終わったとき、私は現時点におけるシアラーの最高傑作は本書であると感じました。

『This is the Life』

一人の男の人生がここにあります。
人生とは一体何なのでしょうか? 本書を読み、つくづくその意味を考えてしまいました。

著者 アレックス・シアラーとは

アレックス・シアラー(Alex Shearer)は1949年生まれのイギリスの小説家です。

色々な仕事を転々とした後にシナリオライターや脚本家としてキャリアを積み、やがて小説を執筆するようになりました。主に児童文学のジャンルで世界的なベストセラー作家として知られている人物です。

日本国内においても、『青空のむこう』、『13ヶ月と13週と13日と満月の夜』、『チョコレート・アンダーグラウンド』、『スノードーム』など、数々の翻訳本がベストセラーとなっています。

作品ごとにテーマや世界観は異なり、シリーズものは書かずに一冊で完結しているのが各作品の特徴です。

作品の多くは児童向けの冒険小説であるために児童文学作家としての知名度が高いですが、実際には色々なテーマの作品を手広く書いています。本人も児童文学作家という単純なジャンル分けは好んでいないようです。

 → Wikipedia アレックス・シアラー

『This is the Life』 あらすじ

 この世に生まれでてきたら、選択肢などない。目の前にいる人――両親や兄弟を愛する。どうにかしてその人たちを愛さなきゃいけない。ほかにどうすることもできないから。好みが合わなくても、そりが合わなくても、相性が悪くても。そのうちに互いに愛想をつかし、憎みあうようになるかもしれない。しかし、許しあい、和解する可能性が皆無ということはめったにない。人は愛さなくてはならない相手を愛し、成長するにしたがって、自分の意志で愛する相手を選ぶようになる。それでも、まだとらわれている。釣り針を飲みこんだ魚のように。生涯のほとんどにわたって下流へ泳いでいくことはできるが、最後には過去のほうへ引っぱられてしまう。子ども時代へ。無防備の自分自身へ。そして、リールを巻きもどされるのだ。

出典:アレックス・シアラー著 『This is the Life』p.158

この『This is the Life』は脳腫瘍を患い死へと歩む『ルイス』と、そんな兄を支え続けたの物語です。

弟が物語の語り部であり、シアラー自身がモデルです。弟の名前が物語に登場することはなく、常に『おれ』や『ルイスの弟』と表記されていきます。

難病を患い死へと向かうルイスの面倒を見ながら、色々な思い出や出来事を語り部が 回想して物語は進みます。その中でルイスを中心とした人物像や関係性が描かれ、死や人生の意味について弟は深く考えていくのです。ルイスと弟の自伝的な内容とも言えるでしょう。

物語の中心にいるのは常にルイスです。ルイスは賢く優秀で高学歴であるにも関わらず、不器用な性格が災いし社会に馴染むことが出来ませんでした。定職にも就かずオーストラリアへと移住しボヘミアンのような暮らしを続けていたのです。

一方で若い頃は落ちこぼれだった弟ですが、今では堅実に仕事をこなし結婚して二人の子供がいます。

この兄弟は対照的な存在です。彼ら兄弟の価値観の違いや歩んできた人生の違いも、この物語を構成する大きな要素です。彼らは違う二人の人間でありながら、彼らを結びつけているものは何なのか、是非読んで確かめてみてください。

感想

本書『This is the Life』は児童文学ではなく、シアラー自身の実体験を基にして書かれた大人向けのフィクション小説です。

物語自体はフィクションとして書かれたものですが、現実に起きた出来事をベースとしているために非常に現実味のある小説となっています。これまでの冒険小説に代表されるような空想や魔法を扱った作品群とは全く別のベクトルと言えるでしょう。描写はどこまでも精緻で現実的です。 

物語は淡々と紡がれ、劇的な展開も心躍る冒険もありません。しかし、さすがシアラーと思わせるような、精緻でユーモア溢れる文章がどこまでも読書の手を進めてくれます。気がついたら物語が終わっていた。そのような読書体験でした。

物語はそのテーマ性や展開的に死の空気がまとわりつく悲しいものです。切なく涙の溢れる内容でありながら、不思議と明るさや温かさを感じてしまうのがこの作品の素晴らしいところです。それは作品のテーマとして死を掲げながらも、物語に溢れているのはルイスという人物の生に他ならないのが理由でしょう。

そもそも、死を見つめるときに人は常に生を見るものです。この物語はまさにそれでした。死へと向かうルイスの中に、彼の人生がいっぱい詰まっているのです。

ルイスは賢く優秀な人物でしたが、それゆえに社会に馴染むことが出来ませんでした。不器用にしか生きられず、しかしどこか憎めない人柄には愛着も沸いてきます。死を背後に迎えながらも、「おれたちはそんなにやわじゃない」と言うルイスには勇気づけられる面もあるでしょう。

しかし、ルイスの人生は決して輝かしいものではないはずです。定職にもつかず、結婚もせず、家族も恋人もいないそんな彼の、最期を看取ったのは弟ただ一人というのは本当に心にくるものがありました。物語にはルイスの友人たちも多く登場するのですが、誰一人として親友と呼べるような人物はいないように感じました。どこか一線を引いた生き方をしてきたのもルイスの人生だったのかもしれません。

この物語はルイスの人生を描いたものです。

だけれども、ルイスの人生は一体何だったのかと問われると本書を読んだ上でもうまく説明することが私には出来ません。言葉にすることがすごく難しいです。

うらやましいと思える人生なのか、そんなことはないと思う。つまらない人生だったのだろうか、すごく楽しそうに見えた。楽しかったことも、つらかったことも、悲しいことも、うれしかったことも、ルイスはただただ受け入れて前を向いていたように思えます。けれど、いつも後ろを振り返っていたのではないでしょうか。

捉えどころが難しく、一言で片付けてしまえば『それが人生なんだ』とでも落ち着いてしまうようでいて、しかし、ルイスの人生は不思議と印象強く心に深く残りました。

それはおそらく、死の淵にあったルイスを支えながら弟がルイスの人生を肯定していったからなのだと思います。

大の仲良しとは決して言えず、互いを知っているようで何も知らない間柄の兄弟ですが、過去を共有し今を支え合う関係には誠実さが溢れていました。それはこれまでの人生とか関係性とは無縁に、兄弟だからこそ為し得た一つの愛情の形です。弟のルイスに対する言動や行動の端々には、兄弟の強い絆や愛情を感じることが出来ました。そして弟の憤りの感情も自然と心に響いてくるのです。

私にとっては間違いなく、過去読んだどのシアラー作品よりもこの『This is the Life』が面白かったです。心の底から、シアラーの最高傑作だと割と本気に思っています。

この作品はシアラーの一つの集大成とも言えるのではないでしょうか。色々な作品を書き、様々な人生を経験し、兄の死を迎え、自分のこれまでの人生や兄の人生を振り返って、その全てが散りばめられたのがこの『This is the Life』なんだと思います。

『This is the Life』の『This』が何を意味しているのか、その答えを見つけることはとても難しいことだと思います。

そもそも答えを出せる人がいるのかも疑問ですが、本書にはそのヒントがあるのかもしれません。つくづくと、その意味を考えてみたいと思える一冊でした。