「Winnie-the-Pooh」を読んだことがあるでしょうか?

誰しもがこの作品のことは知っていると思いますが、きちんと読んだことのある人はそう多くないと思います。特に日本では。

クマのプーさん」と翻訳されるこの作品は、世界的に有名な児童文学の作品です。ディズニーの制作したアニメは有名ですね。しかし今回ご紹介するのはディズニー版のプーさんではなく、A・A・ミルン(Alan Alexander Milne)による原作について書こうと思います。それも翻訳ではなく原文、つまり全文英語です

英語の小説を読むことはなかなかに難しいことです。特に英語の成績もずっと悪かった私にとっては難易度の高い挑戦でした。

しかしながら「Winnie-the-Pooh」は比較的易しい英語ですし、何よりも音読することが楽しい物語です。登場キャラクターたちは愉快で楽しく、文章には心地良いリズムがあります。元々、作者のミルンが息子へ読み聞かせるために書いた本ですので、声に出して読むことがすごく楽しかったです。

英語でプーさんを読むことは決して難しいことではありません。有名な作品ですし、日本語による原作のガイド本も探せばすぐに見つかると思います。

何よりも原作の雰囲気や物語を味わうには、やはり原文を読みそして理解することが一番です。

まあ、そうは言ってもやっぱり大変なんですけどね。

「Winnie-the-Pooh」が出版されたのは1926年のイギリスでした。

原作者はA・A・ミルン(Alan Alexander Milne)、1882年にロンドンで生まれ学生時代から作家を志す少年でした。卒業後は雑誌『パンチ』の編集を経て劇作家や小説家として活躍し、人気作家へと上り詰めます。

その彼が1924年に「When We Were Very Young(ぼくたちが幼かった頃)」という詩集を発表します。

この作品は子供向けの詩集で、この当時子供向けの本はあまり売れ筋の商品ではないにも関わらず、爆発的な人気を獲得しベストセラーとなりました。

そして1925年に「Winnie-the-Pooh」の第1章が新聞に掲載され、翌1926年に出版されると飛ぶように売れました。プーの人気は当時の児童文学としては非常に優れたものでしたが、プーよりも詩集の方が売り上げとしては上だったそうです。

「Winnie-the-Pooh」は確かに名作でした。しかしそれを不朽の名作にしたのは間違いなくディズニーの力です。

原作の発売から実に40年後の1966年、ウォルト・ディズニー・カンパニーによる20分の短編映画「Winnie the Pooh and the Honey Tree(プーさんとはちみつ)」が放映されました。

そしてその後も数々の映像作品を発表し続け、今やディズニーの顔であるミッキーマウスの売り上げを超えるほどに成長しました。しかしディズニーによるプーは、放映当時から原作とは異なるという批判が従来のファンから上がっています。また商品化に関するライセンスの問題でたびたび訴訟が起きていたようです。

そこでまずは、ごく簡単に原作とディズニー版の違いについて書こうと思います。

まず最初に目に付く違いはキャラクターの容姿でしょう。ディズニー版のプーは赤いシャツをいつも着ているクマで、笑ったり悲しんだりと表情がとても豊かです。ところが原作ではプーが赤いシャツを着ていることはほとんどありません。雪の降るような寒い日にシャツを着ているだけで、それはほんの数話のことでしかないのです。普段は服を着ない裸?なのです。

ディズニー版のプーさん

ディズニー版のプーさん ディズニー公式サイト(http://character.disney.co.jp/winnie-the-pooh/winnie-the-pooh)より

原作のプーさんは寒い日以外で服は着ていない

原作のプーさんは寒い日以外で服は着ていない 5ページより

寒い日には服を着るけれど、赤い服ではない

寒い日には服を着るけれど、赤い服ではない 36ページより

また、挿絵ではアニメのような活き活きとした表情はありません。プーはまさにぬいぐるみの姿形で、笑ったり泣いたりといった直接的な表現はありません。しかしそれは決して無表情というわけではなく、ちょっとした顔の向きや体の向きで絶妙に描かれています。

このように原作とディズニーではキャラクターの描き方がだいぶ違います。そしてこれは他のキャラクターにも当てはまることです。

例えば原作の挿絵では、ラビットとオウルはぬいぐるみではなくてややリアルな動物として描かれています。これは原作が描かれたときにはラビットとオウルのぬいぐるみが存在しなかったために、現実の動物を参考にして描かれたことによります。

今現在でもニューヨーク公立図書館には、モデルとなったぬいぐるみたちが保管・展示されています。しかしこの中にラビットとオウルは存在しません。ぬいぐるみがあるのは、プー、ピグレット、イーヨー、ティガー、カンガだけなのです。(ルーは紛失)

Wikipediaより、ニューヨーク公立図書館に保管されているモデルとなったぬいぐるみたち

Wikipediaより、ニューヨーク公立図書館に保管されているモデルとなったぬいぐるみたち

20130219_4

ラビットにはぬいぐるみのような丸さがあまりない 93ページより

ラビットとオウルにはモデルとなったぬいぐるみはなく、リアルの動物を参考に描かれている

オウルもくちばしと爪がきちんとある 50ページより

そしてキャラクター同様に物語のストーリーも改変されています

例えばラビットの家の入り口にプーがはまってしまい動けなくなるストーリーがありますが、ディズニー版では無事に穴から飛び出たプーは勢い余って森の奥へと飛んでいき、木の上のはちみつにたどり着くというアクション性の高いものになっています。

しかし原作では穴から無事に出れたプーは、皆にお礼を言って何事もなかったように散歩を続けるのです。(ラビットの家を訪れる前に散歩をしていた)

So, with a nod of thanks to his friends, he went on with his walk through the forest, humming proudly to himself. But Christopher Robin looked after him lovingly, and said to himself. “Silly old Bear!”

出典:『Winnie-the-Pooh』p.33

このように原作のプーには派手なシーンというのはあまりありません。物語は静かにのんびりと平和に進んでいきます。一方ディズニー版では劇的なシーンやアクション、ようはアニメーションとして見栄えがいいかという点がすごく目立ちます。

こういった点に関して原作の雰囲気を損なっていると賛否があるというわけです。

ここではこれ以上突っ込んだ話はしませんが、原作準拠のプーさんの方を現在は「クラシック・プー」と呼び、ディズニー制作の「ディズニー・プー」と区別されているそうです。

「ディズニー・プー」と「クラシック・プー」、どちらが優れているとか売れているとかいう話はしても意味がありません。しかし両者は全く別の作品として捉えることが出来ます。プーのことが好きであるならば、両者を見ることでプーの世界はより広がることでしょう。

では、実際に原作を読んでみた感想を少し書きたいと思います。

まずは全文英語ということで思わず身構えてしまうところですが、結構易しい英語で書かれていますので高校卒業程度の英語力があれば十分に読めると思います。ところどころ分からない単語もありますが、日本で発売されている英語の本でしたら大抵巻末に単語の訳一覧があります。

肝心の物語ですが、原作は「終始ほのぼのとした温かい物語」の一言に尽きると思います。ディズニーのようにハラハラドキドキといった冒険はほとんどなく、思わず頬が緩むような、自然と笑顔が生まれてくるようなそんな物語です

中でもすごく気に入ったストーリーは第6章の「In which Eeyore has a birthday and gets two presents」というストーリーです。これはディズニーでも「Winnie the Pooh and a Day for Eeyore(プーさんとイーヨーのいち日)」で映像化されています。

ストーリーは一人で何やら落ち込んでいるイーヨーとプーが出会うところから始まります。

どうやら今日はイーヨーの誕生日なのですが、誰も祝ってくれないのでイーヨーは悲しんでいるようです。それを知ったプーはピグレットにも話を伝えて二人でプレゼントを用意することにしました。

そこでプーははちみつの詰まった壷をピグレットは風船をプレゼントしようとするのですが、イーヨーのところに向かう途中でプーはお腹が空いてはちみつを食べてしまいピグレットは転んで風船を割ってしまいます。ピグレットは今にも泣きそうな様子でイーヨーのところに向かい、プレゼントとして割れてしまった風船をイーヨーに手渡します。

一方のプーは中身のなくなった壷をオウルのところへ持って行き、誕生日のメッセージを書いてもらうことにしました。そして意気揚々とイーヨーのところに戻るのですが、そこには悲しそうなイーヨーとピグレット、そして割れてしまった風船があるのでした。

プーから壷をもらったイーヨーは、その中に割れた風船をしまうことが出来るのでとても喜び、二人に感謝して物語は終わります。そしてクリストファー・ロビンは語り手(作者である父親)に「僕は何をあげたの?」と尋ね、イーヨーのためにパーティーを開いたことを知ります。

このストーリーはイーヨーの人物像にスポットが当たったものです。

イーヨーは常にぶつくさと会話をし、首は下にうなだれ、陰気臭いやつとして描かれています。実際、誕生日を祝ってもらえない彼はプーとぶつくさとした会話をします。しかしながら、プレゼントをもらったときのイーヨーのとった行動は決して陰気ではなく、彼の優しさと純粋さが現れています。イーヨーは本当にいいやつで、人を傷つけるようなことは決してしません。ただ不器用なのです

プーもピグレットもプレゼントを渡そうとしますが、途中で失敗をしてしまい(プーだけは失敗だと思ってない)欠陥のあるプレゼントを渡します。イーヨーのこれまでの言動や行動を考えると、割れてしまった風船を前にして嫌味の一つでも言うのかと思ったら、彼は素直にプレゼントに喜び感謝します。

“My birthday balloon?”

“Yes, Eeyore,” said Piglet, sniffing a little. “Here it is. With – with many happy returns of the day.” And he gave Eeyore the small piece of damp rag.

“Is this it?” said Eeyore, a little surprised.

Piglet nodded.

“My present?”

Piglet nodded again.

“The balloon?”

“Yes.”

”Thank you, Piglet,” said Eeyore. “You don’t mind my asking,” he went on, “but what colour was this balloon when it – when it was a balloon?”

“Red.”

“I just wondered…. Red,” he murmured to himself, “My favourite colour…. How big was it?”

“About as big as me.”

“I just wondered…. About as big as Piglet,” he said to himself sadly. “My favourite size. Well, well.”

出典:『Winnie-the-Pooh』p.84

20130219_7

割れた風船をイーヨーに渡すピグレット 84ページより

風船が割れてしまったことは残念だけれど、イーヨーは文句一つ言わずにありがとうを言ってどんな風船だったのかピグレットに尋ねます。このときのピグレットはひどく悲しくつらい気分ですが、イーヨーはそんな彼を責めることはしません。そしてそこにプーが空の壷を持って現れます。

当初の予定ではプーははちみつ入りの壷をプレゼントしようとしていたので、中身のなくなったこの壷もプレゼントとしてはやはり失敗したものです。しかしプーはオウルにバースデーメッセージを書いてもらい、中身は入っていないけれど素敵なプレゼントとしてイーヨーに渡しました。

“I’m very glad,” said Pooh happily, “that I thought of giving you a Useful Pot to put things in.”

“I’m very glad,” said Piglet happily, “that I thought of giving you Something to put in a Useful Pot.”

But Eeyore wasn’t listening. He was taking the balloon out, and putting it back again, as happy as could be….

出典:『Winnie-the-Pooh』p.86

20130219_8

プレゼントを喜ぶイーヨーと家路に着くプーとピグレット 86ページより

こうして皆が笑顔で物語は終わります。

このストーリーはプーの世界の住人たちの心優しさを象徴するシーンとしてすごく大好きです。彼らは皆、純粋で無垢な子供だから優しく、しかし時には思い違いや勘違いをして失敗もしてしまいます。しかし失敗を失敗と思わないユーモアや心遣いが心地良く、読了後に心に響きます。

他にもプーの魅力溢れるストーリーがありますが、気になる方はぜひ本を読んでみてください。英語で読むことは確かに難しいけれど、読み終わった後には不思議な心地良さが残ると思います。

最後に、「Winnie-the-Pooh」の最終章のラストシーンをご紹介して終わりましょう。

クリストファー・ロビンの発案で開かれたパーティーが終わり、プーとピグレットが二人で家路に着くシーンがあります。「Winnie-the-Pooh」の中でも屈指の名シーンです。

Later on, when they had all said “Good-bye” and “Thank-you” to Christopher Robin, Pooh and Piglet walked home thoughtfully together in the golden evening, and for a long time they were silent.

“When you wake up in the morning, Pooh,” said Piglet at last, “What’s the first thing you say to yourself?”

“What’s for breakfast?” said Pooh. “What do you say, Piglet?”

“I say, I wonder what’s going to happen exciting today?” said Piglet.

Pooh nodded thoughtfully.

“It’s the same thing,” he said.

出典:『Winnie-the-Pooh』p.152,153

金色に輝く夕日の空、プーとピグレットは二人静かに家路につきます。そしてぽつりとピグレットはプーに尋ねるのです。

“朝起きたらさ、プー”

“最初に何を考えるのかな?”

プーはまさにプーらしい答えを返します。

“朝ごはんのことかな?”

“キミはどうだい、ピグレット?”

ピグレットはきっと笑顔で答えたのだろうと思います。

“ボクはさ、今日はどんなに楽しいことがあるかかな?”

やはりプーも笑顔で頷いたんでしょうか。

“ボクもさ”

20130219_9

夕日の中を帰宅するプーとピグレット 152ページより

「Winnie-the-Pooh」を締めくくるこの一連の会話は、プーさんの物語の中でも特に有名で人々に愛されているシーンです。本当に、本当に何気ない二人の会話が人々の心を捉えて離さないのです。

今はもう忘れかけている遠い昔のこと、私もこんなことを思いながら夕日を見たことがあります。親だったか友達だったかは忘れましたが、小学校の校門前で人を待ち、暮れなずむ夕日を一人眺めていました。その日一日がとても楽しくて、うれしくて、不思議な充実感に浸りながら夕日を眺めていたのです。とても幸せな気分でした。

しかし人は大人になるにつれ、ささやかな幸せに気づかなくなっていきます。

今日も一日楽しかった。

明日もきっとまた楽しい日だ。

そんな幸福感に包まれて今を過ごせているのかというと、決して過ごせていないのが今の私であり多くの人々なのではないでしょうか。

誰もがかつては経験した“あの頃”を鮮明に思い出させてくれるこのシーンにはとても力があります。“あの頃”と“今”を想像してしまうことで誰の心にも残り続け、「Winnie-the-Pooh」が100年近く経つ今日においても人気を誇る理由でしょう。

この会話の後、物語は現実へと戻りクリストファー・ロビンは寝る時間を迎えます。今夜の物語はここまでというわけで、ロビンの父親である作者のミルンは物語の語りを終わりにします。

こうして「Winnie-the-Pooh」の物語は終わり、続巻の「The House at Pooh Corner」へと続きます。