私は本書のタイトルだけはすでに知っていました。どこぞのサイトを眺めているときに偶然目に入り、面白そうだなと感じたことが記憶の片隅に残っていたようです。実際に本屋さんで本書を見つけ、表紙の素敵なイラストやあらすじに目を通した時、私はこの本に俄然興味が沸いて上下巻とも一緒に購入をしました。

そして実際に読み始めた私はこの物語の面白さの虜になっていきました。この物語は【その本の物語】であると同時に、【風の丘のルルー】の物語です。【風の丘のルルー】という単語で反応出来る方は読む価値のある一冊だと思います。もちろん知らずともこの本の面白さが損なわれることは全くありません。私は【風の丘のルルー】のことを知りませんでしたが本当に面白かったですし、読んで良かったと思える一冊でした

ここで紹介する感想は上巻を読み終わった段階のものです。まだ下巻を読んでいませんが、この物語が気に入った私は先に感想を書くことにしました。全部を読み終わっていない上での感想ですのでご注意ください。

【その本の物語 上巻】のあらすじ

 その日たまたま、わたしはルルーの本持参でお見舞いに来ていた。小さな声で、沙綾にルルーのお話をふたりで読んでいた頃のことを話していたときに、そっと扉を開けて入ってきた先生は、優しい明るい声でいったんだ。

「彼女の耳に届くかも知れないから、その本、読んでみない?」と

「意識がないようにみえても、耳だけはきこえているという話があるの。事故や病気でずうっと眠ったきりになっていた患者さんを、好きだった音楽を聴かせて、こちらに呼び戻した、なんて話もある。もし沙綾ちゃんが、このかわいらしい表紙の魔女の子のお話を好きだったのなら、物語を聞かせているうちに、戻ってきてくれるかも知れないよ」

 そんなことがあるのかな、と思った。

 そんなことがあればいいな、と思った。

出典:【その本の物語 上巻】p.155

南波は子供の頃大好きだった本をバッグに詰め、今日も長い石畳の坂の上にある病院を訪れます。病院の白いベッドには親友の沙綾が静かに眠る姿がありました。南波はベッドのそばのパイプいすに腰を掛け、一冊の本を広げます。それは二人が子供の頃に大好きだった本、一緒に読んだ思い出の本、かけがえのない宝物の本でした。医者の先生のすすめもあって南波は沙綾の隣で物語の朗読を続けます。目を覚まさない沙綾に聞こえるように、想いがきちんと届くように。

南波がうたうように朗読するのは風の丘に住む優しい魔女の子の物語でした。魔女というだけで人間に恐れられ、そして人間に裏切られてもなお、不思議な魔法の力を使って大好きな人間を救い続けた、一人の女の子の物語です……。

著者の村山早紀さんについて

著者の【村山早紀】は1963年生まれの児童文学作家です。1993年に【ちいさいえりちゃん】で【毎日童話新人賞最優秀賞】及び【第4回椋鳩十児童文学賞】を受賞し、代表作には【シェーラひめのぼうけん】【風の丘のルルー】【カフェかもめ亭】などがあるそうです。

長年児童文学を書かれているベテランの作家さんのようですが私は今まで村山さんの著書を読んだことがありませんでした。本書の【その本の物語】が初めての一冊となります。いくつか聞いたことのあるタイトルがありますので今後じっくり読んでみたいと思います。

ところで私が本書を購入したことをTwitterでつぶやいたところ、著者の村山さんご本人から返信を頂きました。びっくり! うれしい!

私だけに限らず多くの読者の方へと村山さんは声をかけているようです。下記のリンク先にその様子や、私以外の多くの方々の感想が載っています。是非見てみてください。

【風の丘のルルー】とは

遠い昔、人間と魔女は仲良く互いに助け合って暮らしていました。しかし、人間は不思議な力を持つ魔女のことを次第に恐れ、ついには罪の無い魔女たちを捕まえて殺していきました。やがてはそんな話もおとぎ話として伝説になった頃、くまのぬいぐるみを持った少女は一人で旅を続けていました。彼女の名前はルルー、見た目こそ幼い少女でしたが正真正銘の魔女の子でした。ルルーは魂を持つぬいぐるみのペルタと共に旅をしながら、人間の世界で暮らしていたのです。

この本の最重要の部分を占めているのが【風の丘のルルー】という作品です。

主人公の南波は病院のベッドで眠り続ける親友の沙綾のために本の朗読を続けています。二人が子供の頃に大好きだった物語を聞かせることで沙綾が目を覚ましてくれることを願っているのです。このときに南波が朗読する物語が【風の丘のルルー】です。

本書のストーリーは南波の朗読する【風の丘のルルー】を聞きながら進んでいきます。ルルーが本書のもう一人の主人公であり、読者としては【その本の物語】を読んでいるというよりも【風の丘のルルー】を読んでいるように感じられることでしょう。いわゆる劇中劇が大きな部分を占めていて、物語の構成は二重構造になっています。

しかしよくよく調べると、著書の村山さんの過去作品に【風の丘のルルー】という同名の小説があります。全7巻です。

本書は過去に出版されたこの【風の丘のルルー】が下地になっている物語です。

通常、このような構造の物語は読者を選びます。【風の丘のルルー】が物語の前提として存在するため、【風の丘のルルー】自体を読んでいなければストーリーについてこれない可能性があるからです。

しかしその心配は本書にはありません。読者は南波の朗読を通じて【風の丘のルルー】のストーリーをほぼ全て理解することが出来ます。私自身は元々の【風の丘のルルー】を読んでいませんので違いもあるのだと思いますが、少なくともストーリーを理解する上で支障をきたすような不都合は全く感じませんでした。

私のように予備知識の無い読者にとってはあくまで劇中劇として楽しめますし、古くからの村山さんのファンにとっては思い出深い作品に再会出来る物語というわけです。

【その本の物語 上巻】を読んだ感想

幼い頃の私は、ほとんど本を読まない子でした。

大人になった今ではそれなりに読書を楽しみ本を大切に思っていますが、私には本書の南波のような子ども時代の読書経験や思い出がありません。だからこそ、子ども時代に【風の丘のルルー】を読んで育った村山さんのファンの方々が羨ましいです。ルルーに出会い、ルルーと友達になれた人にとって、この物語を読んだときの感動はいかほどだったのでしょうか。本当に羨ましい。

----あの頃って、お話の中の世界と、現実の世界がおんなじくらいに重くて、価値があって、リアルだったような気がします。わたしたちはルルーの世界が大好きで、これはお話でしかないってもちろん頭ではわかってるんだけど、でも、そう思いたくなくて、いつもルルーの本を鞄に入れて、学校に通ってました。枕元に置いて寝たりとか。そうしたらいつかルルーに会う夢がみられるような気がして。

出典:【その本の物語 上巻】p.161

私はすでに子供ではないので、子供と同じ目線で物語を読むことは出来ないのだと思います。でも今こうして本を読むことで、あの頃に感じてはいたけれど言葉に出来なかった感情に、私は再び出会うことが出来ます。私はそれが楽しくて本を読んでいます。

あの頃の私の隣にルルーはいませんでした。だけれども、日々を暮らす中で感じた不思議や夢は確かにあったはずです。でも私にはそれを理解するだけの物語が、言葉がありませんでした。両親や先生のいうリアルとやらに私の感情は塗り固められていたように今は思います。

別にそれを恨んではいませんが、少しだけ寂しいと今は思っています。もしあの頃に色々な物語に出会っていたら、もしあの頃にこの本を読んでいたら、もし南波と同じように私の隣にルルーがいたのなら……。私の目に映った世界は一体どんな色をしていたのだろうかと、最近は本を読みながら止めどもなく感じることがあります。

児童文学を読んでいるときは切にそう感じます。あの頃は形に出来なかった感情がそこにあるのです。

本書では【風の丘のルルー】がその中心を為しています。

魔女の子であるルルーは人間と仲良くなりたい願望を持つ一方で人間から嫌われることに極度の恐怖を抱いています。人間と魔女の違いに苦しみ、人間の心が理解出来ないルルーは逃げ出してしまい、旅の途中で出会った魔法狼のレニカに悩みを打ち明けます。そして次のような返答をもらうのです。

「でも……人間の心が、もうわたしには」

「誰の心も、わかんないのよ。きっとね。人間同士だってわかんないし、わたしだって、今、ルルーの気持ちはわかるような気がするけれど、本当にどうだかわからない。心の中が、透けてみえてるってわけじゃないもん。
 世界中のみんなが、人間だって魔物だって、魔女だってね、きっと、自分以外の誰かの心なんてわかんないのよ。でも、みんな、わかってる気持ちになろうとして、理解しようと努力して、それで、生きてるんだと思うわよ。
 で、それが錯覚でも、あの人は友達なんだと思ってた方が楽しいんじゃないかなあ? わたしはひとりっきりだ、世界に誰も友達がいないと思うよりも」

出典:【その本の物語 上巻】p.253

あの頃の読者にとって、ルルーは等身大の自分の姿です。ルルーの悩みは誰もが抱く不安であり、魔女にだけ沸き上がる感情ではありません。魔女の子ルルーの姿を通して、あの頃の読者は自分の気持ちと向き合うことが出来たのではないでしょうか。感情は物語を通して言葉になり、心の中で確かな形と色になったのではないでしょうか。

レニカの言葉に一体どれだけの人が勇気づけられたのか、ルルーの魔法に一体どれだけの人が笑顔になったのか、本書を読みながらそういうことをずっと考えていました。だからこそ、【風の丘のルルー】を読んで育った人たちが私は羨ましい。大人になってこの【その本の物語】を読める幸せが、心底羨ましい。

大人になった今だからこそ、かつてルルーと一緒に育ったあの頃の子供たちにこの本を読んで欲しいと思いました。私なんかが感じた以上の感動をこの物語からもらえるはずです。そして私のようにルルーと出会うことのなかった人には、是非この本でルルーに出会って欲しいと思いました。ルルーの言葉や感情を通して、あの頃の自分や今の自分の姿を探して欲しいと私は思うのです。

この記事を書いている段階ではまだ下巻を読み終わっていません。上巻を読んだ感想をなるべく早く言葉に残しておこうと思い、先にこの記事を書くことに私はしました。

上巻を読んだだけで私はすでに南波の想いやルルーの願いに胸を打たれました。下巻の続きが気になりますし、過去の【風の丘のルルー】も読んでみたいと思っています。私は彼女たちが大好きになりました。

この物語の結末が一体どのような終わりを迎えるのか、上巻を読んだだけではまだ全然想像が出来ません。沙綾は目を覚ましてくれるのか、また、ルルーの物語はどうなっていくのか、下巻を読むのが楽しみでワクワクが止まらないのです。