ZABADAKという音楽グループが好きです。

ZABADAK(ザバダック)は1985年に吉良知彦(きら ともひこ)、上野洋子(うえの ようこ)、松田克志(まつだ かつし)の三人で結成された音楽グループで、現在は吉良智彦と小峰公子(こみね こうこ)の二人組みとして活動しています。

民族音楽的な要素からプログレやロックの情緒深い音楽が特徴的で、ライブやアルバムはもちろん、CMや演劇、アニメにNHKみんなのうたと幅広く活躍しています。

そんなZABADAKのアルバムの中から、今日は「はちみつ白書」を紹介しようと思います。

このアルバムはZABADAKの中でもやや異彩を放つ一作です。

1998年に「クマのプーさん」のコンセプトアルバムとして発売されました。そしてメインボーカルに高井萌を抜擢、今までのZABADAKとはやや色の違う仕上がりになっています。

と言っても私がZABADAKを知ったのは2006年ごろ(タブン)のことですので、昔のことはあんまり知っているわけではありません。20年以上活動しているグループですのでそういったファンも多くいることでしょう。

だからこそ中古のCDショップを巡ったりして昔のアルバムを探すのがすごく楽しかったりもするわけです。今回紹介する「はちみつ白書」も、少し前に中古ショップで運よく見つけたものです。

さて、このアルバムの中に「北極(ノースポール)を探して」という曲があります。

この「北極(ノースポール)を探して」という曲はとても穏やかで、でもよく聞くと切なくもあり、大好きな一曲です。しかし、プーのことを知らない人にとってはそこで終わってしまうのではないでしょうか。

この曲はプーの原作を知っていると何倍にも魅力が増す曲です。

ここ数回にわたってプーの物語を紹介してきたのも、わざわざ英語の原作を購入して読んだことも、全てはこの曲と巡り合ったことが始まりです。この曲がプーの歌ということはわかりましたが、物語の背景にあるものが何なのか分からなかったのです。

今回の記事ではこの「北極を探して」を詳しく紹介したいと思います。

この曲を理解する上で一番重要なのは、歌詞に出てくる「」と「」が一体誰なのかという点だと思います。この曲は誰と誰の歌なのか。

先に答えを書いてしまいましょう。

これは「プー」と「クリストファー・ロビン」の歌です。

いいえ、もっと言ってしまえば、「プー」と「大人になったクリストファー・ロビン」の歌です。

歌詞を詳しくみてみます。

そんな話 今してなかったよ

まるでうわの空なこと言うね

ほらね くりの木の根につまづくよ

いつもこうして君を心配してた

 

ふたりだけの北極

君は探すというの

見えないかもしれない

それでもあるというの

いくつかのフレーズからこれがプーとクリストファー・ロビンの歌であり、歌い手がクリストファー・ロビンということが分かります。キーは「いつもこうして君を心配してた」と「北極」です。

クリストファー・ロビンは子供ですがそれ以上に森の動物たちは子供です。何か事件が起きたり困ったことがあると皆が頼るのはクリストファー・ロビンで、彼はいつも適切な助言をしてくれます。物語上彼は保護者の立場なのです。

そしてクリストファー・ロビンは親友であるプーのことを特に気にかけていました。だから「いつもこうして君を心配してた」と言うのは物語上クリストファー・ロビンしかありえません。もう一人保護者役としてカンガが上げられますが、「北極」という言葉からこれがクリストファー・ロビンとプーの歌ということがわかります。

「North Pole」は第8章の 「In which Christopher Robin leads an expotition to the North Pole」で登場します。ある日のこと、プーがクリストファー・ロビンの家に遊びに行くとクリストファー・ロビンは何やら冒険の準備をしています。

“We are all going on an Expedition,” said Christopher Robin, as he got up and brushed himself. “Thank you, Pooh.”

“Going on an Expotition?” said Pooh eagerly. “I don’t think I’ve ever been on one of those. Where are we going to on this Expotition?”

“Expedition, silly old Bear. It’s got an ‘x’ in it.”

“Oh!” said Pooh. “I know.” But he didn’t really.

“We’re going to discover the North Pole.”

“Oh!” said Pooh again. “What is the North Pole?” he asked.

“It’s just a thing you discover,” said Christopher Robin carelessly, not being quite sure himself. 

出典:ラダーシリーズ『Winnie-the-Pooh クマのプーさん』p.107 強調記事執筆者

クリストファー・ロビンは皆で「North Pole」を探しに行くと言うのです。さっそくプーは森中にこのことを伝えて、皆で探検隊を結成し「North Pole」を探す冒険が始まります。

この物語の面白いところは、誰一人として「North Pole」が何なのか理解していないというところにあります。「North Pole」は何なのかとプーは尋ねますが、「それは君が見つけるものさ」と曖昧な回答をクリストファー・ロビンはします。実は彼も何なのか分かっていないのです。

ちなみに「North Pole」とは「北極」のことです。「North」は「北」で「Pole」は「極地」ですね。「南極」は「South Pole」となるわけです。「Winnie-the-Pooh」が発売されたのは1926年で、ちょうどその頃の19世紀から20世紀は、まだ見ぬ「North Pole(北極)」を求めて各国が探検隊を送り出していた時代です。

だからクリストファー・ロビンは「僕も探検隊になりたい! 北極を探しに行こう!」と思ったのでしょう。しかし彼はまだ子供だったので「北極」が何であるのかまでは分かっていないのです。「North Pole」というよく分からない何かを探している「探検隊」という言葉に惹かれているわけです。

クリストファー・ロビン率いる「北極探検隊」は探しているものが何なのか分からないまま探検を続けます。歌を歌ったり、何でもないことで大騒ぎしたりと、もはや探検なのかピクニックなのかよくわかりません。ところがハプニングが起こり、ルーが川に落ちてしまいます。

ルーは川に流されることを楽しんでいますが、周りは気が気ではありません。皆でなんとかルーを助けようとするのですがいい方法が見つかりません。そのとき、プーがとっさに長い棒を見つけてルーを救い出すことに成功します。

川に落ちたルーをプーが見つけた「Pole(棒)」で助けようとしている。 Winnie-the-Pooh 119ページより

川に落ちたルーをプーが見つけた「棒」で助けようとしている。 Winnie-the-Pooh 119ページより

一同はルーが無事だったことに安堵し、クリストファー・ロビンはプーが見つけた「棒」こそが「North Pole」だと宣言します。

「Pole」という単語には「棒」という意味があります。クリストファー・ロビンは「北極」というところには「North Pole」という棒が立っていて、多くの探検隊はそれを探しているのだと勘違いしているのです!

プーが見つけた「North Pole」を地面に立てるクリストファー・ロビン プレートには「NORTH POLE DICSOVERED BY POOH POOH FOUND IT」と書かれている。 Winnie-the-Pooh 123ページより

プーが見つけた「North Pole」を地面に立てるクリストファー・ロビン。プレートには「NORTH POLE DICSOVERED BY POOH POOH FOUND IT」と書かれている。 Winnie-the-Pooh 123ページより

つまりここで出てくる「North Pole」という言葉は「現実の北極」を指しているのではなく、何だか分からずに自分たちが決めた「ただの棒」なのです。

それを踏まえて改めて歌詞を見てみると、クリストファー・ロビンは「North Pole」は「見えないかもしれない」ものだと言っています。このことからこの歌に登場するクリストファー・ロビンは、「North Pole」が何であるのか知っていることになります。つまり子供時代に彼らが見つけた「North Pole」が本物ではなかったことに彼は気づいているのです。この一言で彼が子供ではなく大人であることが分かります。

しかしプーは「North Pole」を探そうと言います。プーはあの頃と変わらず同じ子供のままなのです。

ずいぶんと久しぶりに再開した二人、なんでもない会話をする中でプーがふと話題を変えたのでしょう。あまりに夢中でくりの木の根につまづきそうになりながら。

そうだ、クリストファー・ロビン! North Poleを覚えているかい?

North Pole?

ほら、ボクが川で見つけたNorth Poleだよ。そうだ、今から探しに行こう! そうしよう!

そんな会話があったのでしょうか。しかしクリストファー・ロビンにはプーが見つけた「棒」が「North Pole」ではないことが分かっています。だからそれはもう見つからないことを理解しています。

どんなふうに映る?

この森は今も君を力づけてるの?

まるい水たまり渡らないつもり?

僕の腕は力にはならないね

ここで一転、続いてのシーンはプーからクリストファー・ロビンへの歌となっています。

プーはいくつかの質問をします。大人から見てこの森はどう見えているのか、あの頃のように今も君を力づけているのか、プーは気になります。

その質問にクリストファー・ロビンは何と答えたのでしょうか。ここにその答えはありません。

そして水たまりに差し掛かったとき、クリストファー・ロビンは水たまりを迂回するように歩きます。子供時代であれば水たまりを見つけるとはしゃぎながら歩いたものです。しかし今の彼は靴やズボンの裾が汚れないように歩きます。

そしてプーの小さな手では、大きくなったクリストファー・ロビンを支えることも出来ません。

君が決めた北極

だけど今の僕には見えない

ウソじゃなくて

もっと遠くへ行こう

サビの繰り返しです。

君(プー)が決めた「North Pole」、それは本当の「North Pole」ではないことをクリストファー・ロビンは知っています。だからプーが探す「North Pole」を彼は見ることが出来ません。だからもっと遠くへ探しに行くのです。

それはただ見つけるためのもの

何の意味もないよ ちがうかな

わざとハリエニシダのとげにさわる

君は僕から気をそらそうとしてる

ラストシーンに行く前にクリストファー・ロビンの言葉が入りますが、ここは彼の心の内のことで言葉に出したわけではないと思います。なぜならこの言葉に対してのプーの言葉がないからです。ここで気になるのはプーの取る行動です。

ここの歌詞は原作でクリストファー・ロビンが「for an Ambush」と言ったシーンのことを指しています。探検の途中で森の茂みを指して、クリストファー・ロビンが「待ち伏せだ気をつけろ!」と忠告をしたのです。

「Ambush(待ち伏せ)」を警戒する探検隊一同。 Winnie-the-Pooh 113ページより

「Ambush(待ち伏せ)」を警戒する探検隊一同。 Winnie-the-Pooh 113ページより

これはよくある遊びの一種です。誰かが待ち伏せをしているのではないか、誰かに追いかけられているのではないかということをわざと忠告し、それによって皆で隠れたり、道を迂回したりと緊張感を楽しんでいるのです。

しかしここで面白いところは、「Ambush(待ち伏せ)」という言葉の意味をプーが分からなかったところにあります。プーは「Ambush」が何なのか分からずに「bush(茂み)」の仲間だと思い、そこから「A gorse-bush」と勘違いをしてしまうのです。「A gorse-bush」とは「ハリエニシダの茂み」のことです。

そこで「Ambush」を巡って一騒動あったことをプーは思い出していたのでしょう。

そういえばあの時、ボクは「Ambush」を「ハリエニシダ」と勘違いしたっけ。

イテテ、そうだハリエニシダにはトゲがあるんだった。忘れてた。

そんな風にプーはあの頃を思い出してハリエニシダのトゲにさわってしまったのでしょう。その行動が考え事をしていたクリストファー・ロビンの気をそらします。

ただ、ここでひとつ気になるのは「君は僕から気をそらそうとしてる」という歌詞です。普通に考えたら「気をそらそうとしてる」ということは、プーに「気をそらす」意思があるということではないでしょうか。だからこそ「わざと」とげにさわったのではないかという疑問です。なぜプーはそんなことをしたのでしょうか。

クリストファー・ロビンは「North Pole」を探す行為を「ただ見つけるためのもので意味はない」と考えています。なぜならプーの探す「North Pole」は本物の「North Pole」ではないことを知っているからです。ただの棒切れに意味はありません。

でもプーはそんなことは考えません。プーにとって「North Pole」を探すという行為はあの頃の思い出の追体験であって、「探す」ことに意味があるのです。「North Pole」が本物であろうが偽者であろうが関係ないのです。ただ「探す」ということ、ようは単にクリストファー・ロビンと「遊ぶ」ことに意味があるのです。

そして何よりもプーにとっては、あの頃見つけたただの「棒」が「North Pole」であることは真実なのです。

だからこそ、何かつまらないことを考えているクリストファー・ロビンの気をそらそうとします。

そしてサビの繰り返しになるラストへと歌は続きます。プーとクリストファー・ロビンは「North Pole」を探して、遠くへ遠くへ、歩いていきます・・・・・・。

この「北極を探して」は、子供時代に信じていたことや見ていたことが大人になることで見えなくなってしまった歌です。プーやあの頃のクリストファー・ロビンにとっては何でもないただの棒が本物の「North Pole」でした。しかし今のクリストファー・ロビンにとっては、ただの棒はただの棒でしかないのです。

何とも切ないではありませんか。

久々に再開したプーとクリストファー・ロビン。

プーは今でもあの頃のまま変わらぬ様子でクリストファー・ロビンと遊びたがります。「North Pole」を探そうと言います。

しかしクリストファー・ロビンにはあの頃見つけた「North Pole」を見ることは、もう、出来ません。でもプーにはそれが分かりません。なぜならプーの中では「North Pole」はあの頃のまま変わらずにずっとそこにあるからです。

クリストファー・ロビン! 見つけたよ! 「North Pole」だ!

残念、プー。それは「North Pole」じゃないよ。ただの棒だ。

・・・・・・そうか、残念。うーん、この辺りだったと思うんだけどな・・・・・・。

ねえ、プー。この辺りにはないかもしれないね。あっちの方を探してみようか。

そうだね! あっちにはきっと「North Pole」があるかもしれない。そういえばクリストファー・ロビン、昨日ピグレットがこんなおもしろい話をしていたんだけど・・・・・・

そんな風にとめどもない会話をしながら、彼らはあの頃の「North Pole」を探して歩き続けます。大人になったクリストファー・ロビンが「North Pole」を見つけることが出来たのか。

それはわかりません。

この曲の歌詞は考えれば考えるほど、胸に響きます。そしてその雰囲気の中、音楽が心地良く入り込んできます。この曲はすごくいいです。さらにメインボーカルの高井萌とバックコーラスの吉良知彦の声が演出を深くします。

まるで子供時代のクリストファー・ロビンと大人に成長したクリストファー・ロビンの声がシンクロしているようではありませんか。

「はちみつ白書」というアルバムは、プーの物語を知っているとより理解出来るアルバムとなっています。それも「ディズニー・プー」ではなく原作のプーです。さらに、ただキャラクターの個性や性格を音楽にするのではなく、物語の背後にあるものを表現しているという点でこのアルバムはとてもいい作品だと思います。

中でもアルバムのエンディングを飾る「永遠の森(ときのもり)」は、私が知っているZABADAKの楽曲の中でも1,2を争うほど好きな一曲です。

メドレーから。34分46秒から。

このアルバムのコンセプトは「クマのプーさん」ですが、その背後にあるのは「子供」と「大人」だと思います。そしてそれが如実に出ているのが「永遠の森」です。

「永遠の森」は文字通りにプーたちの住む森のことです。そしてそこは誰もが子供時代に住んでいた森です。原作者であるミルンは「The House at Pooh Corner」の中でこう述べています。

But, of course, it isn’t really Good-bye, because the Forest will always be there … and anybody who is Friendly with Bears can find it.

出典:ラダーシリーズ『The House at Pooh Corner プー横丁にたった家』contradiction

クリストファー・ロビンは大人へと成長する中で「何もしない」ということが出来なくなったから森を去りました。それでは大人になったら森に帰ることは出来なくなるのでしょうか。

作者であるミルンは「森の住人たちの友達であるならば誰でも森に帰ることが出来る」と述べています。なぜなら魔法の森は現実の森ではなく、どこまでも精神的な世界だからです。ようは帰りたいと願う人の心持ち次第というわけです。

しかし、ZABADAKはこのアルバムの中で一貫して森に帰ることは出来ないと主張しています。

例えば「Merry Go Roundみたいな君」の歌詞、

Merry Go Roundみたいな君

とてもきれいだけど

いつも僕は追いかけてそして目が覚める

例えば「かえりみち」の歌詞、

帰りたいな 帰るよ 帰れない

遊びつかれて 眠った日に

いつまでも いつまでも手をのばす

行きつくことない あの頃へ

例えば「太陽は眠っている」の歌詞、

低い体温重ねて眠る

今君がここにいてくれる

凍えた瞳のその奥に

今は何が見えるだろうか

森に帰るということは言い換えれば「大人」から「子供」へと帰ることです。あの頃の純粋な気持ちを取り戻すにはどうすればいいのか、心の持ちようという精神的な支えだけで戻れるものなのでしょうか。そう願うことで帰れるほど簡単なことなのでしょうか。

それはとても難しいことではないでしょうか。

だからこそ「北極を探して」のクリストファー・ロビンのように、大人になってしまった者にはあの頃の「North Pole」を見ることが出来ないのです。では、帰れないのならばどうするのか。

諦めるのか、もがくのか、それが運命なのか・・・・・・。

ZABADAKは、歌うことしか道はないと主張します。それが「永遠の森」です。

さあ うたえよ 声のかぎりに

夢の森に帰るまで

さあ うたえよ 心のかぎりに

永遠をこえて響け

さあ うたえよ 声のかぎりに

風を聞けば おもいだす

さあ うたえよ 心のかぎりに

永遠を駆けて響け

音楽家らしいというか何と言いますか。でもそういう姿勢はすごく好きです。

この曲を聴くと、無性に歌いたくなります。

昔の風を思い出して、無性に泣きたくなります。