ようやくブログのデザインも刷新し記事を書く余裕も出てきました。昨年は更新が大変滞っていましたので、今年はいっぱい書ければいいなあと思っています。そんなわけで今年もどうかよろしくお願いします。

さて、読書感想の記事もだいぶ久しぶりです。ちょうど最近読み終わったばかりの本があるので、今回はそれをご紹介したいと思います。

世間では少し前に囲碁AIの「AlphaGo」が韓国のプロ棋士に勝利したことが大変話題になりました。この衝撃的なニュースを前にあなたは何を感じたでしょうか?

私は「もうここまできたのか!」と思いました。こんなにも進歩は早いのかと驚きました。生きているうちにシンギュラリティを見られるかもしれないとぼんやり思っていた未来は、実はそう遠くない未来なのかもしれないと感じたのです。

今一度、人工知能とは何なのか、シンギュラリティとは何なのかと考え出し、私は本屋さんへ向かったのでした。

それではマレー・シャナハン著「シンギュラリティ:人工知能から超知能へ」をご紹介していきたいと思います。

「シンギュラリティ:人工知能から超知能へ」本書の内容

本書はマレー・シャナハン(Murray Shanahan)著の「THE TECHNOLOGICAL SINGULARITY」の翻訳本です。翻訳はヨーズン・チェン(Yojung Chen)、パトリック・チェン(Patrick Chen)。監訳はドミニク・チェン(Dominique Chen)です。2016年2月初版(原著は2015年8月)なのでごくごく最近の本です。

訳者あとがきによると本書はMIT PressのEssential Knowledgeシリーズの一冊として書かれたもので、非専門家にとっても本質的で批評的な視座を与えることを目的とされたものだそうです。実際素人の私でも分かりやすく、読んでいて非常に面白い内容でした。

本書の大まかな内容は、人工知能とはどういったものなのかを解説し(第1章)、その実現に向けて必要な技術を検討していきます(第2章・第3章)。そして人工知能から人類の知能を超えた超知能へと解説は進みます(第4章・第5章)。

超知能とは、人類を超えた知能とは一体どんなものなのか、超知能を実現するとは一体どういうことなのか、本書の中でも一番面白いところです。そして超知能が誕生した未来に一体どんなことが起こりうるのかを多方面から検討していきます(第6章・第7章)。

このように簡単なところから人工知能について述べられているので、「これから人工知能やシンギュラリティについて知りたい」という方への入門に最適な一冊だと思います。文量もそれほど多くはありませんので(約250ページ)気軽に読める感じです。

人工知能とは

人工知能とは何かを考えたとき、よく耳にする言葉でありながらもその理解はぼんやりとしていて、いざ自分で説明しようとすると意外と難しいです。

本書ではその始まりを1950年に発表されたアラン・チューリングの「計算する機械と知性」と題する論文から始めています。チューリングは2000年には人々は「矛盾せずに思考することのできる機械について語る」だろうと予言し、後にチューリング・テストとして知られるようになる試験に合格すると予想しました。

チューリング・テストとは、人間と機械が判定者の人間と順番に会話のコミュニケーションを行い、判定者にどちらが機械なのかを当てさせるテストです。もし機械が人間のように振る舞い、判定者に人間であると信じ込ませることが出来たのならば、判定者はどちらが機械なのかを決めることが出来ません。その場合テストに合格となり、その機械には人間並の知能があると判定されます。

参考までにWikiのリンクを載せておきますので気になる方はご覧になってみてください。

しかし2000年になってもテストに合格しそうな機械はなく、人工知能の達成はまだまだ遠い先のことのようでした。ですが、1997年に一つの大きな成果が達成されます。IBMが開発したディープ・ブルーというコンピュータが当時のチェスの世界チャンピオンと対決し、勝利したのです。まさについ最近の囲碁AIを想起させる出来事です。しかし、しかしです。

コンピュータ・チェスは勝利した。それでも、チューリングの時代に比べ、われわれは人間並みの人工知能に近づいてさえいないようだった。なぜだろう? ディープ・ブルーの問題は、それがチェスしかできない専門家であるということだった。

出典:【シンギュラリティ:人工知能から超知能へ】p.15

ディープ・ブルーはチェスでは人類の知能に到達したのかもしれません。しかし、それだけでした。

私たちの知能はチェスだけではなく、日常的な動作や会話、道具の使い方や学習などなど、数え始めたらキリがないほどに様々な物事に対処出来ます。そのような人類の知能に匹敵する汎用的な人工知能はどうやったら作れるのか、つまりは知能とは何なのか、というのが本書の序盤の大きなテーマです。

シンギュラリティとは

技術的特異点、シンギュラリティという言葉を最近よく耳にします。一般的にはカーツワイルが2005年に著書の中で主張したものが有名です。

二〇〇五年の著書の中で、カーツワイルは二〇四五年になれば地球上の非生物の知能の量が全人類の知能を凌駕することになると主張している。

~中略~

「一年間で製造される人工知能が、【二〇〇五年現在の】全人類の知能のおよそ一〇億倍強力なものとなり、(……)人類の能力に深遠で破壊的な変化をもたらすことになるだろう」。以上が、カーツワイルの説くシンギュラリティ(特異点)仮説である。

出典:【シンギュラリティ:人工知能から超知能へ】p.172~174

カーツワイルは、2045年にはコンピュータの処理能力の向上によって人間の脳をリアルタイムでシミュレーション出来る低コストの機械が誕生していると予測しました。その結果として「人類の能力に深遠で破壊的な変化をもたらす」と言うのです。

では、なぜシンギュラリティが発生すると、つまりは人類の知能を超える人工知能が誕生すると、深遠で破壊的な変化をもたらすことになるのでしょうか。そもそも人類の知能を超えるとはどういうことなのでしょうか。

詳細は本書に譲るとして、ここではつい最近の囲碁AI「AlphaGo」で少し考えてみたいと思います。

人工知能のAlphaGoは韓国のプロ棋士イ・セドルと囲碁で対戦し、4勝1敗で勝利しました。しかしイ・セドルが1勝したように決して勝てない相手ではありません。イ・セドルも天才と呼ばれる方ですから、1ヶ月もあればAlphaGoへの対策を完全にこなし5戦全勝出来るようになるかもしれません。

では、その1ヶ月の間にAlphaGoは何が出来るのでしょうか。

AlphaGoは自らデータを作成し対局させることで自ら学習することが出来る人工知能です。そしてそのスピードは人間の比ではありません。機械は人間のように食事や睡眠を必要としませんし、高性能のCPUで高速な演算も可能です。そのスピードは1日に数百万局もこなせるような速さです。

仮に1日に1,000,000局をこなすとしたら、AlpahaGoは1ヶ月でおよそ30,000,000局をこなします。一般的な棋士が年間1000局をこなすと仮定しても、AlphaGoはたったの1ヶ月で一般的な棋士の30,000年分進化します。

イ・セドルが1ヶ月かけて万全の準備をしている一方、AlphaGoは3万年先の未来にいます。果たしてこの二人が再度対局したとき、結果はどうなるのでしょうか。

このように、人工知能は私たちとは違い加速することが出来ます。そしてその加速が一度開始されたら、もはや一般的な人類には追いつくすべがありません。これがシンギュラリティの根底にあるものです。3万年先の囲碁を相手に、私たちの今の常識が通用するとは思えません。そして是非知っていただきたいのが、AlphaGoの囲碁を見た方々の反応です。

囲碁だけの専有物のように存在してきた勢い・勝負の呼吸・判断力など人間の直観力を、アルファ碁が数学的能力で押し倒した瞬間だった。従って人間の囲碁では理解できない変則手が出てくるのだ。行馬(石の形)・布石・手順など人間が試行錯誤を経て積み重ねてきた囲碁の方式もやはり原点から再び検討するかもしれない。キム・ヒョジョン二段は「アルファ碁の囲碁は既存の観念では説明できない。当惑する」と話していた。

出典:<囲碁:人間vs人工知能>神秘の領域、中央の「厚み」…アルファ碁は計算した
中央日報日本語版(http://japanese.joins.com/article/108/213108.html?servcode=400&sectcode=450)

終局後の彼らとの対話の内容を抜き出してみよう。曰く、「DeepMindが打った手には『人であれば打たないだろう』と思えるものもあった」「その瞬間は、その手が有効だとは思えなかった」「しかし終わってみれば、それがあったからこそDeepMindは勝てたのかも知れない」「あるいは、勝敗とは関係ないのかも知れない」…。

出典:観戦速報・グーグルの囲碁AI「AlphaGo」が最強の棋士を破った日
WIRED.jp(http://wired.jp/2016/03/09/alphago-win-but/

これまで何千年とかけて人類が積み重ねてきた囲碁の常識をAlphaGoはすでに現時点で覆し、新たな領域を垣間見せました。今はまだ囲碁という限定的な話ですが、もしこれが政治や経済、科学や文化にまで達したとき、私たちの生活は一体どうなってしまうのでしょうか。これまで私たちが当たり前と思っていた常識やシステムは、超知能の前では無力なものとして敗れ去ってしまうのでしょうか。

そして私たちの知能を超えた領域を、私たちは一体どうやって評価すればいいのでしょうか。これが「人類の能力に深遠で破壊的な変化をもたらす」ということなのです。

本書の感想

人工知能とは一体何なのか。何を目的とし、また、何を達成すれば人工知能と言えるのか。人工知能を創り出すのに必要な技術や考え方にはどんなものがあるのか、そして人類の知能を超えうる超知能とは一体何なのか。超知能の誕生によって私たちの生活にどんな影響があるのか、そこにどんな未来が待っているのか。

本書はこれらの内容を分かりやすく順序立てて解説しているので、冒頭にも述べた通り「これから人工知能やシンギュラリティについて知りたい」という方への入門としてとてもおすすめです。今現在における人工知能を巡る諸問題を俯瞰するのにも最適な一冊ではないでしょうか。専門的な知識がなくても大丈夫な内容ですので、読んでいてすごく面白かったです。

そして入門に最適とご紹介しておいてなんですが、私は人工知能に全く興味のない人にこそ、この本を読んで欲しいとも思っています。なぜならば、人工知能に関する技術や考え方はそれだけで完結するものではなく、とてつもなく広範で奥深い、論考に値する数多くの問いが含まれているからです。そこにこそ本当の価値があると私は思っています。

著者も最終章の中で以下のように述べています。

テクノロジーの特異点は強力な概念である。それは関連するトランスヒューマニズムの発想と共に、考えうるいくつかの最も深遠な問題の再考にわれわれを誘い、新たな光を当てることになる。私たちはどのように生きるべきか? どう死と直面すべきか? 人間であるということはどういう意味なのか? 精神とは何なのか? 意識とは何か? 種としてのわれわれにはどんな可能性があるのか? われわれには目的があるのか、あるとしたら、それは何だろうか? われわれの最終的な運命は何だろうか? どのような未来が待ち受けているとしても、こうした問題をテクノロジーの特異点のレンズを通して考えることによって得られる学びは大きい。

出典:【シンギュラリティ:人工知能から超知能へ】p.237

多くの人々にとって人工知能やシンギュラリティの問題は遠いSFの話のように映ると思います。実際私がそうでした。遠い未来にバラ色の世界が待っているのか、それとも人類は人工知能に滅ぼされるのか、突拍子もない話です。しかしこれらの問題を一つ一つ見ていくと、私たちの実生活、あるいは私たちの実存にも深く関わってくることが分かってきます。

私たちが当たり前のように持ち得ている常識創造性とは何なのか、全脳エミュレーションで直面する自我精神の問題とは、人工知能の報酬関数をどのように設定するのか、そもそも私たち自身の報酬関数は一体何なのか。知れば知るほどに、考えれば考えるほどに、これらの問題は遠い未来の話ではなく、今の私たち自身の話へと繋がってくるのです。

人工知能なんて私には関係ないという人にとっても、これらの問題について考えることはとても価値のあるものだと私は思います。直接的に解決するのは困難だとしても、問題を知り、そして考えることに意義があります。

特に若い世代の人たちは現実的にこれらの問題に将来直面する可能性が極めて高いです。それは決して遠い未来の話でもSFの話でもありません。

2045年、あなたはその時何歳ですか?