星野道夫が亡くなられてから今年で20年がたちました。

私が星野道夫の本に出会い、そして大好きになったのは彼が亡くなったずっと後のことです。以来、どれだけの月日が流れようとも、彼の本は私の中でとても大事な位置を占めています。

彼が存命中に出会えなかった悔しさと、それでも本には出会えた幸運を、私は今でも大事に思い続けているのです。

没後20年を迎える今年、各地で「特別展 星野道夫の旅」が開かれます。だからこそ、この夏は彼の本を再び読み直していました。今一度、私たちは星野道夫の残したものに向き合う時なのかもしれません。

今回の記事では特別展の情報と、彼の著書「旅をする木」の紹介と感想を書きたいと思います。

特別展 星野道夫の旅

8月24日から東京・松屋銀座で「特別展 星野道夫の旅」が開催されます。その後は大阪・京都・横浜と各地を巡回する予定です。詳細は下記の公式サイトをご覧ください。

以前、2013年に千葉で開催された写真展に行ったことがありますが(当時の記事)、あの日からもう3年が経ちました。3年の月日を経て再び目にする写真の数々にどんなことを思うのか、今から私はわくわくしています。

この特別展には必ず行きたいと思います。

星野道夫をご存じの方も、そうでない方も、この機会に是非足を運んでみてはいかがでしょうか。星野道夫が見てきた世界を前に、あなたが何かを感じてくれたのなら、愛読者の一人としてこんなにも嬉しいことはありません。

「旅をする木」と「旅をする本」

旅をする木」は1995年に単行本が、そして1999年に文庫版が出版されています。また、昨年辺りから没後20年に向けて関連著書の再版が続いているようで、本書も書店で並んでいるのをたまたま見つけました。

すでに読んだことのある本ですが文庫版はまだ持っていなかったですし、書店で新品状態の著書が並んでいたことも嬉しくて、思わず購入してしまいました。

ところで、「旅をする本」という題名で本書のことをご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

没後20年を迎えた今年、NHKBSプレミアムで「星野道夫 没後20年“旅をする本”の物語」と題するドキュメンタリー番組が放送されました。その番組では星野道夫の「旅をする木」のタイトルに一本の線を書き加え、世界中を旅した「旅をする本」が登場します。

しかし残念ながら私はこの番組を見逃してしまいました。ネット配信とかやってないんですかね? NHKさんお願いします!

検索すると番組の内容についてはいくつか情報が出てきます。特にドキュメンタリーの元となった当事者の一人、田邊 優貴子さんの記事は非常に興味深く面白い内容です。

この番組を見逃した私はネットで「旅をする本」の話題を目にしたのですが、似たような話を番組が放送される以前に聞いたことがありました。それは現実的な話としてではなく、小説の中に登場します。

竹内真の「図書室のキリギリス」は双葉社のウェブマガジン「カラフル」で2012年に連載され、2013年に単行本、2015年に文庫版が出版されました。私は文庫版を持っています。

物語は高校の図書室が舞台で、主人公の詩織が司書として働き始めるところから始まります。新米司書の詩織が色々な本や出来事を通じて、教師や生徒たちとの交流を深めていくのが大まかなストーリーです。そしてこの小説には実在する書籍がたくさん登場するのですが、その中の一冊に星野道夫の「旅をする木」が登場します。

ある出来事をきっかけに詩織は一人の男子高校生に「旅をする木」を貸します。その高校生、大隈くんはあまり本を読まないタイプだったのですが、詩織との出会いをきっかけに図書委員になり本と接する機会が増えていきました。そして彼は星野道夫に心を動かされ、夏休みを利用して一人で北海道を旅することを決意します。

その旅の途中、大隈くんは一人の大学生に出会い、持っている本を交換しないかと話かけられます。しかし「旅をする木」をまだ読み終わっていなかったので彼は交換を断りました。それならと、大学生は一冊の本を大隈くんに譲ります。それは「自分の物語」という写真集でした。

「その人は僕が持ってる本をもじって、これは『旅をする本』だって言いました。その人も旅の中で受け取って、次に会った誰かに渡すって約束したんだそうです。そうやって、旅人の手から手に渡ってきた本なんだって。『最後のページを見てみな』っていうから、何だろうと思ったら、名前や日付がたくさん書いてありました。それはこの、本のバトンを受け取った旅人のリストでした」

出典:「図書室のキリギリス」p.337より

本を譲り受けた大隈くんは旅の大学生と同様に、彼自身も旅の途中で出会った人へと本を譲り渡しました。そうやってこの一冊の本は旅人から旅人へと受け継がれ、旅を続けていくのです。まさに「旅をする本」というわけです。

星野道夫の「旅をする本」の話を聞いたとき私はこの小説を思い出しました。

一冊の本が旅路の中で果たした役割や、出会った人々の想いが、ただの本に深い物語を与えます。それが私の知っている本であればなおのこと、そこに込められた旅人たちの物語に強い共感と感動を覚えてしまうのです。

きっと、人はいつも、それぞれの光を捜し求める長い旅の途上なのだ」とは星野道夫の言葉ですが、「旅をする木」自身も、多くの人々と共にその長い旅を続けているのだと思うと、私はすごく嬉しい気持ちになってしまいました。

本書の感想

「旅をする木」はすでに何度も読んだ本です。その感想は以前に記事にもしていますので、今回はまた違った視点からも本書を捉えてみたいと思います。

初めて本書を読んだときに私が感じたことは大きく二つありました。

ひとつは、「なんて美しい文章なんだ!」という驚きと感動でした。多少なりとも本を読む生活を送っていた当時の私でしたが、こんなにも美しい文章には今まで出会ったことがなかったのです。あの日から何年もたった今ですら、私は星野道夫の文章は世界一だと思っています。

そしてもうひとつ感じたことが「間に合った!」という、とても、とても強い気持ちでした。

私が本書を読んだとき、星野道夫はすでに故人でした。でも、こんなにも素敵な本に私は出会うことが出来ました。それはとても幸運なことだったと今は思います。

別に本書である必要はありません。どんな本であろうとも、本当に心の底から出会えて良かった、読んで良かったと思えた本は、一生の宝物になるはずです。私にとってはこの「旅をする木」がまさにそれでした。この本との出会いを、私は一生忘れないことでしょう。

そして没後20年の今、再びこの本のページをめくった私は、少しも変わることのない美しい文章に感動すると同時にある強い思いを感じていました。それは、間に合ったからこそ、私にはすべきことがあるのではないかという衝動です。

本書の中に「もうひとつの時間」というタイトルの章があります。星降る夜空の下、星野道夫が友人と会話をしているのですが、私はその二人の会話がすごく心に残っています。

「いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。たとえば、こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろ。もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるかって?」

「写真を撮るか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いて見せるか、いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな」

「その人はこう言ったんだ。自分が変わってゆくことだって……その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって」

出典:「旅をする木」p.119 ~ p.120

事あるごとに私はこの言葉を思い出すようにしています。

感動や喜びをきちんと自分の中で消化するために絵を描いたり、あるいは文章を書いたりすることも必要だとは思いますが、何よりもその感動を糧にして自分自身が変わっていくことが一番大切なのだと、私は本書を読んだことで信じるようになりました。

ですが、これはとても難しいことだとも思っています。初めて本書を読んでから再び読み返したこの数年間、果たして私は何が変われたというのでしょうか。確かに変わった部分もあるとは思いますが、あまり変わってもいないというのが正直なところです。

でも、だからこそ、この姿勢は忘れずに生きていきたいと思っています。

私は星野道夫の見た世界にあこがれました。その人柄に励まされました。彼を取り巻く人々の言葉に、勇気をもらいました。懸命に生きる動物たちと人々の姿に、生と死の本当の意味を、この本に出会うまでに忘れていた最も大事なことを教わりました。これらの感動を忘れてはいけません。自分自身が、変わっていかなければいけません。

特別展 星野道夫の旅」が先日から銀座で始まりました。私にとっては3年ぶりの写真展です。私はこの写真展で星野道夫が残してくれたものをじっくりと見てきたいと思っています。

そしてそれは、ただ写真を見てくるだけではないはずです。星野道夫に出会ったあの日から私自身何が変われたのか、私はそれが知りたいです。写真を通して、文章を通して、きっとそれは見えてくるはずです。

没後20年、長い旅を続けてきたのは星野道夫だけではありません。彼の残した本も、多くの人々と旅をしていました。そして私だって、確かに旅を続けてきたのです。

それを、私はもう一度確認したいと思うのです。

銀座までの道のりに、一冊の旅をする本をお供にしよう。