ニンジャスレイヤーにはたくさんの名言があると思いますが、その中から私のお気に入りの名言を少しずつ記事にまとめていこうと思っています。

そこでまず始めに方針を決めておきます。ほんとにたくさんの名言があるのであれもこれも選択していては終わりが見えてきませんからね。

1. 単語ではなく文章を選ぶ

2. 一つの記事で一つの名言

3. 感想を交えて選んだ理由は詳しく書く

忍殺語のようなネタ単語に関しては【ニンジャスレイヤー Wiki*】などに相当数まとめられていますので重視しません。あくまでキャラクターのセリフや地の文から選んでいきたいと思います。そして名言を選んだ理由は該当エピソードの感想も交えながら詳しく書いていきます。一つの記事で紹介する名言は一つまでとし、数は重視しません。

とりあえずは、そんな感じで記事を少しずつ増やしていきたいと思います。第1回のこの記事ではニンジャスレイヤー第1巻からこんなセリフを選んでみました。

「カチグミって何だろう?」

カチグミって何だろう?

ニンジャスレイヤーではカチグミマケグミの対比が頻繁に登場します。いわゆる我々の現実社会における勝ち組と負け組と同じ文脈で使われるのですが、超格差社会のネオサイタマにあってはカチグミとマケグミの間に歴然とした隔たりが存在します。

生活の質や医療の差、社会的な地位から差別まで、ありとあらゆるものが隔てられています。カチグミとして出世するのか、それともマケグミとして地を這うように生きるのか、その分岐が人生を大きく左右してしまう世界なのです。

第1部ネオサイタマ炎上のエピソード【キックアウト・ザ・ニンジャ・マザーファッカー】では、カチグミの家庭で育った高校生のギンイチが主人公として登場します。

その彼が自問したセリフが「カチグミって何だろう?」なのです。

出典:【キックアウト・ザ・ニンジャ・マザーファッカー】#3

カチグミ家庭に生まれたギンイチ

ギンイチは特進クラスに在籍して高等な教育を受けられるほどに裕福なカチグミの家庭に生まれました。将来カチグミになるべく学校に通うギンイチでしたが、それは母親の敷いたレールに過ぎないことに苦しさを覚え、日々ゲームセンターへと足を運んで現実から目を逸らし続けています。そこでなら、彼はヒーローになれたのでした。

そんな彼の心中が「カチグミって何だろう?」という自問のセリフに表れています。

確かにカチグミになれれば裕福な生活が送れることでしょう。金銭面で生活に困ることはなく、社会的な地位も約束されます。しかし一方で重度のストレスや負担にさらされることもあり、果たしてそれが幸せなのかとギンイチは考えてしまいます。カチグミであるはずの哀れな父の後ろ姿に、その答えを見つけることが出来ないのでした。

出典:コミカライズ版【キックアウト・ザ・ニンジャ・マザーファッカー】#2

アンタイセイ!

ギンイチはイチジクからライブに誘われ、生まれて初めて体験するパンクロックの世界に心が動かされます。しかしライブ会場にニンジャが現れたことで事件に巻き込まれ、壮絶な地獄を経験することになってしまうのでした。

ニンジャという圧倒的な暴力の前にはカチグミもマケグミも関係がありません。ただただ理不尽な仕打ちに襲われるギンイチでしたが、それでもなお、理不尽なもの全てに対して「アンタイセイ!」と彼は叫び抗います。このエピソード最大の見せ場です。

出典:【キックアウト・ザ・ニンジャ・マザーファッカー】#8

カチグミのこと、マケグミのこと、イチジクのこと、ライブのこと、ニンジャのこと、そして自分自身のこと。ありとあらゆる出来事と理不尽に対してギンイチの心はついに爆発しました。ニンジャに対して振り上げた拳は無謀としか言いようのないものでしたが、彼の勇気ある行動には興奮と感動を覚えてしまいます。冴えない無力な高校生が自分の運命に逆らった瞬間です。最高にかっこいい!

アンタイセイ!」の叫びこそ、彼の代表的な名言として挙げられるのかもしれません。しかし、この叫びの根幹にあるものは彼が今まで抱いていた数々の葛藤に他ならないのだと私は思います。ストーリーの中でその積み重ねがあったからこそ、彼の言葉にはコトダマが宿りました。あらゆる理不尽に対して、彼は勇敢にも戦いを挑んだのです。

答えは出ないまま

ギンイチは色々な経験を通して成長するのですが、「カチグミってなんだろう?」という問いに対して答えを見つけてはいません。そこが名言として私が選んだ大きな理由です。

カチグミという価値に疑問を抱き、カチグミ以外の価値にも出会い、カチグミの意味すらない理不尽に巻き込まれ、この世の全ての理不尽に抗うことを決意したギンイチでしたが、最後に救われたのはカチグミの家庭に生まれていたというどうしようもない理由でした。

出典:【キックアウト・ザ・ニンジャ・マザーファッカー】#8

カチグミであることに意味はあったかもしれません。しかし、ギンイチは素直にそのことを受け入れることが結局出来ませんでした。

カチグミって何だろう?

問いの答えは見つからないまま、ギンイチは眠りにつきエピソードは終わりを告げます。結局その後、ギンイチがどんな人生を歩んでいったのかはまだ分かりません。分かりませんが、これまでと同じ様な生き方はもう出来ないはずです。「アンタイセイ」の言葉を胸に刻み、カチグミとして生まれた自分を見つめて生きていくのだと私は思います。そしてその隣にはイチジク=サンがいて欲しいと、私は願うのでした。

ニンジャスレイヤーの世界ではやや極端に描写されてはいますが、ギンイチの抱いた問いは現実的に私たちが抱えている問いでもあります。特に学生にとっては切実な問題でもありましょう。カチグミであれば幸福なのか、そもそも何に幸福を見いだすのか、いつの時代もそう簡単に答えが得られる問題ではありません。しかしだからと言って思考を放棄していいものではありません。ギンイチのようにどこかで抗い、何かを掴まなくてはいけないと思うのです。

だからこそギンイチのこのセリフは意味のある名言なのだと私は思います。簡単な一言だけれど、その本質は相当に奥深い。

キックアウト・ザ・ニンジャ・マザーファッカー】はギンイチの葛藤と成長を描きつつ、イチジクとの王道的なボーイ・ミーツ・ガールのエピソードでもあります。ニンジャの残虐性も描かれる中でストーリーは分かりやすく、初心者向けとしてよく候補に挙がるエピソードの一つです。ニンジャスレイヤーって何やねん?という方は、是非読んでみてはいかがでしょうか。

「キックアウト・ザ・ニンジャ・マザーファッカー」 ニンジャスレイヤー Wiki*

このエピソードは関根光太郎先生によって【ニンジャスレイヤー殺(キルズ)】でコミカライズもされています。こちらも是非ご覧になってみてくださいな。達し袋? はて、何のことやら。