私が初めてニンジャスレイヤーの第1巻を読んだとき、正直なところ作品の評価に戸惑う部分もありました。面白い作品だとは思いましたが、時系列に沿わないエピソード群は闇鍋のようなごった煮感を感じましたし、ネタなのかシリアスなのかの方向性もイマイチ掴み切れなかったのです。そもそもニンジャって何やねん。

そんな私がこの作品に強く惹かれ始めたのは、書籍の第2巻に登場したシルバーカラスとヤモト・コキのエピソードを初めて読んだときでした。そのエピソードがついにアニメイシヨンに登場です。

それではアニメイシヨンの第13話と第14話、【スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ】の感想と紹介を書いていきたいと思います。

第13話の感想

シルバーカラス=サン! シルバーカラス=サン!! カッコイイヤッター!

シルバーカラスのアトモスフィアがたまりません! ノナコとの会話や、医師に余命を告げられるシーン、ヤモトにカラテを教えるシーンなど、どれもこれもが素晴らしかったです。大・満・足!

中でもヤモトに「病院に行かないと!」と言われて「行ってンだよ! うるせえな!」と怒鳴るシーンが最高でした。苛立ちや焦り、そしてショックがまじまじと感じられる名シーンだったと思います。

ところで視聴前から私がすごく気になっていたのが、タダシイがタダシイされるのかそれともタダシイされないのかという点でした。そして驚くことにタダシイはタダシイされずに、企業ニンジャたちがタダシイされてしまったのでした。ナムアミダブツ! タダシイはやったぜ! オメデト!

……タダシイがゲシュタルト崩壊しそうだけどまあタダシイだし仕方がない。

タダシイに限らず冒頭のモヒカンや町中の広告など、ネタ的な部分もあちこちに登場するエピソードなのですが、それらの存在を忘れてしまうくらいにシルバーカラスのアトモスフィアが強烈に印象に残ります。初めて小説を読んだときにもそう感じましたし、アニメイシヨンでも同じアトモスフィアを味わえたのでとてもうれしかったです。

それにしてもドージョーで涙ぐむヤモッチャンがすごくイイです。気丈に振る舞いつつも、所詮はカラテも何もないただの女の子でしかないことを再確認出来る、私がすごく好きなシーンです。このシーンがあるからこそ、後半戦が大いに盛り上がっていくのです。

第14話の感想

アアア……シルバーカラス=サン! シルバーカラス=サン!

……シルバーカラスの最期は言葉になりません。「時間が来ちまうよ」のシーンで完全に腕が垂れ下がっている描写が胸に刺さりました。あの時点でウバステを支えるどころか腕を上げる力すらも彼は失っていたのでしょう。アニメイシヨンならではのワザマエだったと思います。

アニメイシヨンならではという意味では、ヤモトは早くにシルバーカラスの正体に気がついたかのような描写がありました。原作においてヤモトがどの段階でシルバーカラスの正体に気がついたのかは読み手によって解釈が分かれるところです。戦闘開始時点では気がついていないと思われるのですがアニメイシヨンでは違い、それに合わせてシルバーカラスの口上も原作やドラマCDとはアトモスフィアが違うように感じられます。

どっちが良くてどっちが正しいというものではありません。私はどっちもイイと思いました。なぜならその違いこそが多様性であり、小説とアニメという媒体の違いだと思うからです。

以前に当サイトでも記事にしていますが、このエピソードの原作小説は本当に美しい文章だと私は思っています。

個人的ニンジャスレイヤー名言集 vol.2 「シルバーカラスの目が笑った」

原作小説のヤモトとシルバーカラスの戦闘では感情的な描写が省かれ、記号的で淡々とした戦闘が続きます。しかしその最中にふとささやかな一言が挟まれることで、初めて読者は二人の感情に向き合うことが出来るようになります。その瞬間がたまらなく感動的であり最高に美しいと私は思うのですが、やはりそれは小説という文字媒体だからこそ為し得た表現の一つなのでしょう。

アニメ、あるいはマンガでもいいのですが、ビジュアルが存在する場合には表情ひとつで感情が瞬間的に理解出来てしまうため、キャラクターの感情を視聴者に悟られることなく描写を進めるのはなかなかに難しいことだと思います。

ですが逆に言えば、アニメには表情という文字以上の圧倒的な表現方法があります。

シルバーカラスを前にしてうつむいたヤモト、メンポ越しに語るシルバーカラス、桜色の光を散らしながら歯を食いしばり戦うヤモト、そしてメンポの奥ではシルバーカラスの目が笑いました。力無くたたずむシルバーカラスの無機質なメンポには言葉にはない感情が溢れています。

これらは表情が生きるアニメだからこその表現です。方法が違うので小説とはまた違った印象を受けますが、本質的にはどちらも同じものを描いているのでその違いを含めて楽しむことが出来ます。だから私は小説も好きだし、アニメイシヨンも好きなのです。

中でもエンディングが終わった後、ヤモトが『少し明るい海』のパッケージに目を落とし、そして力強く前を見据えた表情に私は心揺さぶられました。セリフは一切ありませんが、あの表情にヤモトの感情がこれでもかと詰め込まれています。原作小説には存在しない、アニメイシヨンオリジナルの表情です。

あの表情一つで【スワン・ソング~】がアニメ化された価値があると私は思います。このエピソードに相応しい、最高の終わり方でした。

スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ

シルバーカラスはツジギリを生業とするフリーランスのニンジャでした。

企業や組織から新兵器を貸与され、それを用いて実戦データを入手する。それがツジギリの仕事です。彼はこれまでに数え切れないほどの人間を殺めてきました。

しかし、これもインガオホーなのか、彼の身体は病に冒されその余命は幾ばくもありませんでした。これまでの行いを振り返り、残りの余生をどう過ごすべきか……、彼が一人の少女と出会ったのはそんなときです。

少女の名は、ヤモト・コキ。

【スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ】ニンジャスレイヤー Wiki*

アニメイシヨンの第13話と第14話は【スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ】でした。【ラスト・ガール・スタンディング】で初登場したヤモト・コキのその後が描かれているエピソードで、書籍では第1部の第2巻に収録されています。また、第2部の第7巻特装版にドラマCDが付属しています。こちらも素晴らしい内容ですので是非。

【スワン・ソング・~】は2014年5月に行われたニンジャスレイヤーの第1部書籍(全4巻)を対象とした人気エピソード投票第1位を獲得しました。間違いなく、ニンジャスレイヤーを代表するエピソードの一つです。

【ラスト・ガール・~】がヤモトの始まりのエピソードならば、この【スワン・ソング・~】はヤモトが自分の足で歩き始めたエピソードです。ヤモトの人生においても最重要な出来事となり、カギ・タナカに教わったカラテは今後もヤモトの中で重要な部分を占めて彼女を支え続けます。

このエピソードが評価される点は圧倒的なまでの物語性と文章の巧みさにあると私は思っています。初めて【スワンソング・~】を読んだとき、私は非常に驚き、そして感動しました。腰を抜かしたと言ってもいいです。あれだけネタ要素が突出しているニンジャスレイヤーという作品において、これだけの完成度を誇るエピソードが存在することが驚きだったのです。

おそらくニンジャスレイヤーがただのシリアスな物語であったならばここまでの評価はなかったと思います。【スワン・ソング・~】の凄いところは、これまで他のエピソードで散々描かれてきたネタ的な要素や表現を見事なまでにシリアスで感動的なものへと昇華させた点にあると思います。

たびたび当サイトでもご紹介させていただいていますが下記のまとめは非常に共感し納得出来るものです。未読な方は是非読んでみてください。

togetter まとめ 【忍殺語は美しい日本語である】

ネタ小説と侮っていた気持ちもあります。しかし、実際には原作者や翻訳チームの相当ハイレベルな創作技術に度肝を抜かされたのでした。ネタもシリアスも、時系列の操作や世界観の設定、その全てを彼らは計算尽くでやっているのではないかと作品を見る目が変わったのです。

これだけの技量を持つ原作者と翻訳チームとは一体何者なのか、この作品で一体何をやろうとしているのか、次々に興味と関心が沸き上がり始めたのですが、同時に、どうしたらこんな物語を作れるのかと理解出来ずに打ち負かされた気分を味わったのも事実です。

良い意味で裏切られてくやしくもありましたが、ニンジャスレイヤーという作品に出会えた幸運を私は感謝しています。ですから【スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ 】はいつまで経っても私の中で大事な、そして大好きなエピソードの地位に居続けることでしょう。

【スワン・ソング・~】は第1部のエピソードです。しかし第3部の途中まで物語が進んだ現在(2015年7月)、改めて読み直すと色々と気づかされる点が多くあることに驚きます。

シルバーカラスがヤモトへと託したもの。その意味を今一度考えてみると、より深みを増してこのエピソードの素晴らしさが胸へと染み込んでいくようです。