小さい頃、私はほとんど本を読みませんでした。やがて大人になってから読書の面白さを知り、今は本屋さんで働いています。「小さい頃から本をもっと読みたかった」という気持ちが心のどこかにあるからこそ、世の中には面白い本がいっぱいあることを言葉にしていきたいと思っています。

まずは自己紹介も兼ねて、好きな本を10冊ご紹介です。

旅をする木 / 星野道夫

写真家・星野道夫のエッセイ本『旅をする木』は、私が最も愛する一冊です。

著者は1978年から1996年の18年間、観光旅行では決して見ることのできないアラスカの広大な自然を旅して、多くの写真を撮影しました。ブルックス山脈の未踏の山や谷を歩き、氷河のきしむグレイシャーベイをカヤックで渡り、オーロラの浮かぶ空の下でキャンプを張って一夜を過ごす。何千、何万ものカリブーが群れで旅する季節移動を追い、人知れず森へと還っていく朽ちたトーテムポールを探し求め、ルース氷河の源流で子どもたちと満天のオーロラを見上げる。現代社会の都市で生きる自分には想像も出来なかった物語が、この本には描かれています。

200ページほどの小さな本ですがすごく読み応えがあり、ただの旅日記では終わらない最上質のエッセイ作品です。多くの人に読んでもらいたい、大好きな一冊です。

春や春 / 森谷明子

森谷明子の小説『春や春』は、全国高校俳句選手権大会、通称「俳句甲子園」を目指す女子高生たちの奮闘を描いた物語です。

この作品の面白さは語り部が次々に入れ替わる群像劇なところです。子供である女子高生だけではなく、大人である教師の視点からも物語が描かれることで、登場人物達の関係性により重層的な面白さが生まれます。その関係性がすごく魅力的な作品です。

俳句の十七音に込めた表現の奥深さや言葉の美しさも見事に描かれており、俳句の知識があまり無くても十二分に楽しめます。むしろ、俳句の知識がなかったからこそ、私はものすごく楽しむことができました。日本語の美しさを、言葉の楽しさを、存分に味わうことができる素敵な作品です。

群青ロードショー / 半田畔

半田畔の小説『群青ロードショー』は、高校生活の思い出作りに映画製作を始めた4人の女子高生たちの友情を描いた物語です。

主人公は性格も趣味もバラバラな4人の女子高生たちで、放課後には部室に集まり映画鑑賞する日々を過ごしていました。高校三年生に進級して卒業を意識し始めたことをきっかけに、思い出作りのためにオリジナル映画の製作を始めます。高校最後の1年間を映画製作に捧げた4人の友情が最高に面白い作品です。

「映画が好き」という共通点で繋がる4人は仲良しではあるものの、どこか線を引いた友人止まりの関係でしたが、映画製作を通じて心の底から仲良しになっていきます。いつも映画の話をしているので、一人ひとりの考え方や性格が分かりやすいのも印象的でした。キャラクター同士の関係性や個性が光る作品です。

私にとっては知らない映画もいっぱい登場したので、この本を読んだあとに観た映画もたくさんあります。それがまたすごく楽しかったので、この本に出会えて良かったと思えた瞬間でした。

帰れない山 / Paolo Congnetti

パオロ・コニェッティの小説『帰れない山』は、北イタリアのモンテ・ローザ山麓で出会った二人の少年の友情を描いた物語です。

毎年夏になると、ミラノに暮らすピエトロは両親と共に山の麓にあるグラ―ナ村を訪れていました。田舎暮らしを満喫する中、村に暮らす牛飼いのブルーノと仲良くなります。山を駆け、沢を渡り、廃墟を探検する。そんなふたりの遊びはかけがえのないものとなり、やがてふたりは大人へと成長していくのでした。

静かで落ち着いた雰囲気の中、物語も穏やかに進んでいきます。文章はとても美しく、ふとした山の風景描写ですら無性に込み上げてくるものがありました。登場人物たちの心情や葛藤が胸の内を熱くし、いつまでもページをめくる手が止まりません。派手さはないけれど、どこまでも深く読み込ませるタイプの作品です。

This is the Life / Alex Shearer

アレックス・シアラーの小説『This is the Life』は、著者自身の経験を元に描かれた半自伝的な物語です。

語り部である弟には脳腫瘍を患った兄がいました。兄がどんな人物なのか、どんな人生を歩んできたのか、そしてこれからどのように死んでいくのか、弟はただ静かに淡々と語り続けます。そこに劇的な展開や心躍る冒険は何一つ存在しません。日常の些細な出来事や隣人との会話、病院での診察に兄弟の昔話など、ただただ静かな最期の時間だけが流れていくのです。

文章からは常に死の気配が漂い、切なくて苦しい物語であるにもかかわらず、どうしようもないほどに人の温もりを感じる作品です。物足りなさや居心地の悪さは微塵も感じず、精緻でユーモア溢れる文章がどこまでも読書の手を進めてくれました。いつか年を重ね、自分の目の前にも死が訪れたとき、もう一度この本を読んでみたいと、私は思っているのです。

虹いろ図書館のへびおとこ / 櫻井とりお

櫻井とりおの小説『虹いろ図書館のへびおとこ』は、いじめが原因で不登校になった小学6年生の女の子と図書館員たちの交流を描く物語です。

主人公は学校に行けないことを誰にも相談出来ず、登校するふりをして街をうろつき、いつしか古い図書館へと辿り着きます。体の半分が緑色をした無愛想な司書や謎の少年、そしてたくさんの本と出会うことで居場所を見つけていきますが、いつまでも不登校を隠し通せる訳がありません。

突きつけられるいじめの問題には、正直、息苦しさを感じました。しかし、人や本との出会いが主人公の心を溶かしていく様子に、色々なことを考えてしまいます。いじめって何だろう、責任ある大人って何だろう、本を読むことで得られるものは何だろう、読書を趣味とし、今は書店員を生業としている自分にとって、何か出来ることはあるのでしょうか?

本書はジャンルとしては児童書に分類されますが、大人にだって読んでもらいたい傑作です。人生の指針にもなるような、素晴らしい作品だと私は思っています。

桜風堂ものがたり / 村山早紀

村山早紀の小説『桜風堂ものがたり』は、書店員たちの奮闘を描いた物語です。

不幸な事件がきっかけで主人公は長年勤めていた書店を去らねばならず、田舎の小さな書店で働き始めます。かつての居場所と今の自分がいる居場所、その両者の視点から書店という存在を描く物語であり、私が書店員として生きるきっかけとなった作品です。

出版不況だ何だと騒がれるこの業界、どうしようもないダメな部分も確かに存在しますが、この作品のような希望を忘れたくはありません。この本を初めて読んだとき、主人公たちの思いや言葉の温かさに、心地の良い涙が溢れてしまいました。それはただの綺麗事かもしれないけれど、綺麗事を捨てずに生きていたいとも、私は思うのです。

ハクメイとミコチ / 樫木祐人

樫木祐人のマンガ『ハクメイとミコチ』は、私が最も好きなマンガ作品です。2025年時点で13巻まで発売されています。

主人公は二人の小さなこびとで、この世界には動物や昆虫など、たくさんの住人たちが暮らしていました。郵便屋さんのバッタがいて、重い荷物を運ぶのはカブトムシ、イタチの大工が家を修理して、アナグマの料理人がお菓子を作る。そんなファンタジー溢れる世界が物語の舞台となっています。

絵本のような世界観の中、主人公たちはあちこち遊び回り、たくさんの住人と出会い、楽しい体験をして日々を過ごしていきます。その様子がとても魅力的で楽しく、私もその世界に飛び込んでみたいと思ってしまうのでした。小説であれ、マンガであれ、誰しも一度くらいは物語の世界で暮らしてみたいと妄想するものですが、私にとってその願望が一番強いのがこの作品です。

メイドインアビス / つくしあきひと

つくしあきひとのマンガ『メイドインアビス』は、アビスの深淵へ挑む探窟家たちの希望溢れる冒険物語です。2025年時点で14巻まで発売されています。

地面にぽっかりと空いた超巨大な大穴、アビス。そこは凶暴な原生生物たちが巣くい、正体不明の呪いが蔓延る危険な場所ですが、未知の遺跡や不思議な力を持つ遺物も発掘されることから、たくさんの命知らずな探窟家たちがアビスへ挑み続けていました。主人公たちもそれぞれの目的のため、アビスの深淵を目指して帰り道のない旅に出ます。

アニメ化もされて超話題となったこの作品。結構初期の頃から大好きなマンガでして、1巻を読んだときからずっと夢中で読み続けています。この旅の行方を見届けるまでたとえ慣れ果てたとしても死ぬわけにはいきません。容赦のないキツいシーンも多い作品ですが、それでも希望溢れる物語に度し難い感情を抱き、目を離すことが出来ないのです。

日本の色図鑑 / 吉田雪乃

吉田雪乃の『日本の色図鑑』は、日本特有の色彩を紹介する図鑑です。

菜の花色、常磐色、藍色、桜色など様々な色彩が優しいイラストと美しい写真で紹介されており、日常的に見かける色の名前を知ることが出来ます。内容も面白いのですが、本の装丁がすごく良く出来ているのもお気に入りの理由です。

電子書籍も販売されていますが紙の本で読むことを強くオススメします。ページをめくったときに視覚いっぱいに広がる色彩の強い印象や美しさ、こればかりは紙の本でしか味わえません。文章を読み込むだけが読書ではないのです。イラストや写真の使い方、色の選択、タイポグラフィのバランス、紙質による手触りの違い、そういった書籍を構成するデザインの出来が本当に素晴らしい一冊です。