“レペゼン”という言葉が何なのか知らなかったけれど、その印象的なタイトルとカラフルな表紙のおかあちゃんに惹かれて書店の棚に並ぶ本書を手に取りました。

きっと、この本は面白い。

その直感は裏表紙のあらすじを読んだとき、確信に変わりました。こんなの絶対面白いに決まってるじゃん!

梅農家を営む深見明子、六十四歳。心残りは、女手一つで育て上げた一人息子の雄大のこと。借金まみれで、妻を置いて家を飛び出したダメ息子だ。偶然にも雄大がラップバトルの大会に出ることを知り、明子も出場を決意する。マイクを握れ、人生最後の親子喧嘩が始まる! 選考委員激賞の小説現代長編新人賞受賞作。

『レペゼン母』裏表紙のあらすじより

宇野碧著、『レペゼン母』は単行本が2022年8月、文庫本が2025年9月に発売されました。あらすじにも書かれている通り、2021年度の第16回小説現代長編新人賞を受賞した作品です。単行本発売時も話題になったようですが、私は文庫本の発売を機に本書を知りました。

物語のあらすじからしてすでに面白いのですが、実際に読んでみると想像よりも遥かに面白い作品でした。おかあちゃんがバカ息子とラップバトルをするという変化球じみたストーリーですが、その実、この作品を支えているものは色んな角度から親子の関係性をどストレートに描く、王道的な部分だと私は思います。

親子って何だろう?

そんな、どこにもでありがちな問いが、作品の根幹を為しているように感じられました。退屈になりがちなテーマではありますが、終始見事に描き切った完成度の高さに驚くばかりです。

苦労して愛情を注いだのに分かり合えない母と息子。血が繋がらずとも分かり合えた母と義理の娘。そこにどんな違いがあるのでしょうか。人と人がコミュニケーションをとる、対話をする、分かり合う、そして心と心が通じ合う、そんな相手との向き合い方を正面からこの作品は問いかけているのです・・・・・・ラップバトルを通じて。

これが本当に面白いのです!

ヒップホップに興味なんて一切無かった梅農家の明子ですが、義理の娘である沙羅と意気投合したことで、64歳という年齢で新しい音楽の世界を知ることになります。初心者の視点からヒップホップカルチャーが語られることで、私が普段何気なく聞いていた音楽がどういったものなのか知ることが出来ました。

ラップバトルも詳しくないからこそ、その文化的な背景や性質、ルールや見所などを興味深く読むことが出来ます。ラップバトルは知っているけど何が面白いのかよくわからない、そんな人にこそ、この作品をオススメしたいです。下手に知識がない方がより楽しめる部分かもしれません。

そしてこの作品は、物語の構成が非常に巧いと私は感じました。これが新人賞って本当ですか?

物語の序盤は母親の視点から息子のバカさ加減が描かれていきます。当然私も苦労を重ねる母に同情し、バカ息子のいい加減さに憤りを覚えました。ところが、次第にその気持ちは反転し始め、「あれ、これ、本当に息子だけが悪いのか?」と複雑な思いが頭の片隅に芽生え始めます。

すると、それまでの物語に別の視点が生まれます。疑念が膨らみ、不安な気持ちが沸き起こり、いったいどんな結末を迎えるのか、読んでいる最中はなかなか想像することが出来ませんでした。そうなるともう、ページをめくる手は止まりません。早く続きが読みたくなる構成力の高さは見事の一言です。

本当に、夢中になって読んでしまいました。

2025年に読んだ本の中でもベストに値する素晴らしい作品です。音が存在しない小説という媒体ながら、ラップバトルのシーンではその情景がありありと目に浮かびました。名作長編映画をじっくりと鑑賞したような満足感があり、むしろ、映像化して欲しいと声を大に願っています。

もしもあなたが面白い小説を探しているのならば、『レペゼン母』を猛烈にオススメいたします。